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「第21回 ニュージーランドの総選挙2020」

なつかしい未来の国からバナー_青空と一本の木

高校生も選挙を語る国

 今年の元旦の空は、不気味な雰囲気を醸し出していた。オーストラリアの山火事からの灰が私の住む街まで飛んできて、一日中空が黄色かったのだ。すっきりしない一年の始まりだなと思っていたら、一月の終わりから、新型コロナウイルスがどんどん広がっていった。そして、未だにコロナによって生活が制限される日々が世界中で続いている。
そんな中でも、台湾やギニアを始め、ニュージーランドとアメリカでも国政選挙が行われた。アメリカの選挙は世界中で大きく取り上げられたけれど、他の国の選挙について知る機会は少ない。今回は、ニュージーランドの選挙について振り返ってみよう。

 私の両親はともに政治に対して関心が高く、市長選挙を始め、都知事選や、国政選挙活動にも積極的に参加し、その時々に応援している人たちがいた。
障がいを持って生きるとは、福祉によって生活が支えられているということ。同時に、自分の生活が政治に直結していることを、直に感じられることである。そのおかげで、私も幼い頃から政治を身近なものと感じてきた。でも、日本では、「食卓で政治の話をするのはタブー」などという暗黙の了解があるせいか、同級生と政治の話をするなんてことは、ほとんどありえないことだった。
 私がニュージーランドの高校に通い始めた年も、国政選挙があった。衝撃だったのは、授業の休憩時間に、いつもはパーティの話ばかりしている同級生たちが、「投票できたら誰に投票する?」「私は緑の党に入れるなー」などと、話していたことだった。政治の話をするのを躊躇しないだけではなく、自分の意見を持って互いに伝え合っている様子に、刺激を受けた。
日本も二〇一六年に投票できる年齢が一八歳に引き下げられたけれど、ニュージーランドは一九七四年から、一八歳で投票できる。最近は、投票年齢を一六歳に下げるようにという声も広がってきている。

 さて、そんなニュージーランドの選挙は、日本と違って選挙カーもないし、街頭演説も滅多に見かけない。選挙カーの音がないので、とても静かな選挙期間で、テレビをあまり見ない私は、ひょっとしたら選挙期間だということも忘れてしまいそうな感じだった。ポスターや看板は目にするけれど、一番の選挙活動は、地域ごとに開かれる政党討論や、テレビのニュース番組が企画する政党代表たちによる公開討論のように思う。
 地域によってはテーマごとに討論会を開いているところもあった。オークランドでは、「障がい者と福祉について」というテーマの公開討論会が開かれ、その選挙区から出馬している立候補者が全員出席していた。今回は新型コロナウイルスの影響もあり、地域討論をオンラインで聞くこともできた。一人一人のスピーチを別々に聞くのではなく、候補者同士の討論を聞けることによって、違いや似ているところがはっきりわかって、とてもいいなと思った。

投票するために、自分の選挙区に登録しなくてはいけないが、その登録を手伝ってくれるオレンジの着ぐるみを着た人が、選挙期間前から、大学内でうろうろしている

八二%の投票率

 今回の選挙の投票率は、なんと八二・二四%。二〇一七年に三六歳で首相になったジャシンダ・アーダン首相率いる労働党の圧勝だった。
 日本は衆参議院の二院制だけれど、ニュージーランドは一院制国会である。
 選挙制度は日本と似ており、国政選挙の時は、一人二票持っている。一票目は自分の選挙区の立候補者への票で、二票目は政党への票だ。今回の選挙では、今まで国民党が強かった地域でも、今回は労働党が勝つなどして、全議席一二〇のうち六五議席も獲得した。

行列

大学内での投票所に並ぶ人々

 前回(二〇一七年)の選挙では、労働党だけでは過半数に満たなかった。それなので、緑の党とニュージーランド第一党が、国民党と労働党のどちらに合流するかによって、与党が決まることになった。緑の党は、国際的な環境を考えるリベラルな政党だから、労働党と連合するだろうと最初からわかっていたけれど、ニュージーランド第一党は保守的でナショナリズムを政治理念としている政党だ。開票日の後に、テレビの中継で、ニュージーランド第一党が労働党か国民党のどちらと連合するかという発表を友達の家でドキドキしながら見ていたのを覚えている。数議席しかとっていないニュージーランド第一党の判断によって、これから三年間の与党が決まるという仕組みが、驚きだった。結局、ニュージーランド第一党は労働党と連合すると表明して、左右の振れ幅が広い連合与党が生まれた。

 さて今回の労働党圧勝には、普段なら国民党に投票していたような人たちも労働党に投票したという背景があった。
 一般的に国民党は、保守的な党として知られている。だから、そうした保守寄りの投票者の意思を汲んで、労働党がよりリベラルな緑の党と手を結ばないのではないかという見識があった。私は、それによって、緑の党の政治家たちが大臣になれず、環境のことや貧困の問題が真剣に向き合われないのではないかと、懸念していた。
 結果的には連合はしなかったけど、「協力同意」というのが結ばれた。それによって、緑の党の共同代表のジェームス・ショウ議員が、内閣外の気候変動大臣に引き続き選ばれ、同じく共同代表のマラマ・デイビソン議員は、家庭内暴力防止大臣に選ばれた。

三〇代女性首相のリーダーシップ

 労働党の圧勝は、労働党の党としての力ではなく、ジャシンダ(アーダン首相はファーストネームで呼ばれることが多い)の人としての影響力が大きかったと言われている。彼女は、内閣経験なしに、三七歳の最年少の女性として、首相になった。その半年後に産休を取って子どもを生むなど、就任初めから注目度が高かった。しかも、子どもの父親とは結婚しておらず、生まれてからは、父親がメインで子育てをすると公言していたことも世界的な話題になった。
 二〇一九年にはクライストチャーチのモスクに対するテロがあり、それに対する実に人間的な対応も、高く評価された。そして、コロナの広がりに対して、迅速な対応と、この国に住む人々へ優しさと団結を求めるメッセージがさらに支持を集めた(第18回「ニュージーランドでのコロナ生活」参照)。
 一方で、どんどん高くなっていく家賃や家の値段と向き合うと言いつつ、複数の家を持つ人たちへ課税するという政策を結局通さなかったり、オークランドエリアで一番古くからマオリの人たちが定住したという、イフマタオという土地の開発に対して、その土地をそのまま保護すべきかどうかについて、はっきりとした態度を取らないことなど、批判の声も上がっている。
 どんなに人柄がよくても、若い女性で子育てをしている人であったとしても、首相という立場に就くと、周りとのバランスをとらなけばいけなくて、あらゆる問題に対して、明確なスタンスを示して行動するのは難しいことは、よくわかる。彼女が首相になったからといって、女性が直面する社会的困難がなくなるわけではない。でも確実に、女性も国のリーダーになることが可能だと示してくれている。
 また、今まで女性でリーダーシップを取るような人たちは「男性的な」印象を与える人たちが多かったけれど、ジャシンダは、男性的な権威的な感じがなくても国を引っ張っていけるというのを見せてくれている気がして、私はそれが好きだ。

 なにより、ジャシンダからは未来へのコミットメントが伝わってくる。選挙期間中の公開討論でも、気候変動の対策について欠かさず発言したり、これからの若者たちをどう支えていくかという案について語っていた。
 そして去年には、義務教育の歴史のカリキュラムに、マオリの歴史を含める決断をした。今まで、マオリの歴史を学ぶことが義務教育でなかったことの方が驚きだけれど、先住民の歴史と文化を知り、権利を保障することは、これからより公平で生きやすい未来を作るためには、とても重要なことだ。そういう方向性を示せるジャシンダ首相率いるニュージーランド政府に、希望を感じる。

ニュージーランドの国会

ビーハイブと呼ばれているニュージーランドの国会

多様な国会議員にわくわく

 さて国会は、当たり前だけど首相だけで構成されるものはない。今回の選挙では、多様なバックグラウンドを持つ人が多く当選したことも、国内はもちろん世界的にも注目を集めている。
この記事を書くにあたって、今回当選した人たちのリストを見ていたら、たくさんの女性がいることはもちろん、まだ少なくても、マオリやパシフィックの島にルーツを持つ人、アジア系や中東の人など、いろんな人の顔があって、わくわくした。
 特に、オークランドの中心部の選挙区で、いつもなら労働党か国民党という二大政党のどちらかの議員が勝つところ、緑の党で最年少のクロエ・スウォブリック議員が当選したことは、嬉しかった。選挙最終日の開票生放送の時、二大政党を差し置いて、緑の党も長い間ニュースに取り上げられていて、特にクロエ議員の当確が出た時の盛り上がりようはすごかった。

 
 
 
 
 
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 もう一つ注目したいのは、外務大臣にナナイア・マフタ議員が任命されたこと。
 https://twitter.com/nanaiamahuta?lang=ja

 女性として、先住民のマオリとして初の外務大臣だ。彼女は、なんと二六歳の時から国会議員として活躍していて、議員歴二四年というベテラン議員。自他共に認める人間関係を築くプロという報道で、これからさらに国際社会とも関係性を深めていきたいと話すインタビューを観た。関係性を大切にしながら物事を進めていくというマオリの人たちのやり方から、国際社会がたくさん学べることはたくさんあると思うから、とても楽しみだ。

 今回の投票率の高さは、コロナ後の大切な選挙であったとともに、投票日の二週間前から始まる期日前投票の投票所を増やし、投票に行くことをより簡単にしたことが大きかったと言われている。
 私は開票日当日、友達の誕生日パーティに参加していた。夜七時頃には開票放送が始まって、みんなで開票の中継を見た。「オアマル選挙区(ダニーデンの隣町で、いつもは国民党が強いところ)で労働党が勝つなんて!」など、私は詳しくない地域事情を挟んだ友達のコメントを聞きながら、中継を見るのは楽しかった。私たちは開票中継を見るために集まったわけではなかったけど、開票の中継ウォッチパーティを開いて、集まる人もいた。政治家の一人に変装してそのウォッチパーティにいくと話していた友達もいた。こんなふうに選挙を楽しめるのは、とてもいいことだと思う。

 ニュージーランドの選挙でもう一ついいなと思うところは、市民権を持っていなくても投票できるところだ。
 これも高校の頃、友達が永住権を獲得して、すぐ後にあった選挙に、投票用紙が届いて知ったことだった。日本では、日本で生まれ育った人でさえ、帰化していなければ、永住権を持っていようと、投票はできない。選挙は、その国に住むすべての人に関わることなので、国籍で投票できるかどうかを決めることの視野の狭さと、同時に、そうすることで権力を保ち続けようとする日本のあり方に、うんざりする。

 先にも書いたけれど、政治家によって国の問題がすべて解決されるわけでは、もちろんない。ジャシンダ首相のように、こんなに人に寄り添っているような首相に対しても、批判できるようなニュージーランドの人たちの批評眼が、羨ましく思う。批判する力というのは、よりよい世界を求めることを、諦めていない証拠だと思うから。
 政治は、国の方向性を決めていくものだけど、地域の人たちの日々の営みがあってこそ、「国」というものが成り立っている。私の知る限りかもしれないけれど、ニュージーランドには、政治だけに任せず、批判をするのと同時に、地域でできることに関わっていこうとする人たちが多いイメージだ。選挙の時だけ政治を意識するのではなく、日々の中で政治に関心をもち、それを周りと共有していく積み重ねによって、より生きやすい社会を作っていけるのだと思う。

安積宇宙プロフィール画像_ニット帽
安積宇宙(あさか・うみ)
1996年東京都生まれ。母の体の特徴を受け継ぎ、生まれつき骨が弱く車椅子を使って生活している。 小学校2年生から学校に行かないことを決め、父が運営していたフリースクールに通う。ニュージーランドのオタゴ大学に初めての車椅子に乗った正規の留学生として入学し、社会福祉を専攻中。大学三年次に学生会の中で留学生の代表という役員を務める。同年、ニュージーランドの若者省から「多様性と共生賞」を受賞。共著に『多様性のレッスン 車いすに乗るピアカウンセラー母娘が答える47のQ&A』(ミツイパブリッシング)。
Twitter: @asakaocean
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