[Webマガジン]グローバルサウスの片隅で

  1. 「第23回 ザンジバル」グローバルサウスの片隅で/ 三砂ちづる

     アフリカの水を飲んだものはアフリカに帰る。あまりにも有名な言葉である。どこで言われ始めたのかはわからない。アフリカに行く誰もが口にする。そしてアフリカに行く、多くの人が、再びアフリカに帰る。 初めてアフリカに渡ったのは1981年、薬学部を卒業した年だった。

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  2. 「第22回 小浜節」グローバルサウスの片隅で/ 三砂ちづる

     クモーブシ、と発音する。小浜島の民謡である。内地で八重山民謡に興味を持って習い始めるとき、何が弾けるようになりたいか、と聞いたり、長く習ってきた人にも、どの曲が好きか、とか聞いたら、小浜節、という方が多いのだそうである。もちろん八重山でも広く愛されている。

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  3. 「第21回 ブー(後編)」グローバルサウスの片隅で/ 三砂ちづる

    (前編はこちら) そんなわけで、苧麻を刈ってから苧引きまでを、初めて一人でやってみた。今まで何度かやっているが、教えてもらいながらやっていたのである。長袖長ズボンに軍手。苧麻をさわるとアクが手につくので、ニトリル手袋もつけた。

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  4. 「第20回 ブー(前編)」グローバルサウスの片隅で/ 三砂ちづる

     竹富島では苧麻のことをブーと呼んでいる。苧麻はイラクサ科の多年草だそうだ。竹富では年に3回くらい採れる。もともと島で採れる衣服の繊維は、苧麻か糸芭蕉だったので、2025年現在、七十代半ば以降くらいの方は周囲に苧麻や糸芭蕉を使った衣服がたくさんあったことをまだ覚えておられる。

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  5. 「第19回 チテンゲ」グローバルサウスの片隅で/ 三砂ちづる

     アフリカ南部にある国ザンビアで暮らしたのは1984年のことである。約40年も前のことだ。その頃はまだ、人の肌の色で人間を差別しても良いというアパルトヘイト政策が南アフリカではとられていた。南アフリカの周囲のブラックアフリカ諸国は、アパルトヘイトと戦うフロント・ライン諸国と呼ばれていた。

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  6. 「第18回 スディナ・カカン(後編)」グローバルサウスの片隅で/ 三砂ちづる

     祖納岳節は、西表島祖納で唄われ、踊られてきたもので、祖納での座開きの踊りとして踊られるものだという。沖縄の有名な座開きの踊りは、「かぎやで風」、であり「御前風」(グジンフー)とも呼ばれる典雅な踊りである。八重山でも「御前風」は踊られるが、八重山の代表的な座開きの踊りは「赤馬節」である。

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  7. 「第17回 スディナ・カカン(中編)」グローバルサウスの片隅で/ 三砂ちづる

     前回の冒頭に戻るが、私は27歳で大学院に進むことになった。私は学部をふたつ出ている。元々、薬学部で学び、当時は4年間で薬剤師免許が取れたので、薬剤師免許を使って働くことにした。

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  8. 「第16回 スディナ・カカン(前編)」グローバルサウスの片隅で/ 三砂ちづる

     1986年、琉球大学大学院保健学研究科一期生となった。27歳で大学院生になった。大学院生になる、と言うのは、研究生活への第一歩である。大学学部生というのは、学問の世界をのぞき、研究とはこういうものだ、というのを垣間見る機会はたくさんあるのだが、まだ、研究生活に入る、という時期ではない。

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  9. 「第15回 アイロン」グローバルサウスの片隅で/ 三砂ちづる

     家にアイロンはあるだろうか。アイロンかけは得意だろうか。毎日使っているだろうか。さすがに、家族で住んでいる方はアイロンの一台くらいお持ちではないかと思うが、今の若い方にとってこれが必須の電化用品なのかどうか、心許ない。

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