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「第18回 ニュージーランドでのコロナ生活」

なつかしい未来の国からバナー_青空と一本の木

お互いを守る対策

 ニュージーランドのコロナウイルスに対しての迅速な対応は、世界中から注目されている。

 アーダーン首相率いる政府の判断による厳しいロックダウンのおかげで、8月中旬まで100日間以上、ニュージーランドはコロナの感染はゼロだった(帰国して感染が見つかった人たちを除く)。

 この原稿を書いている今は、オークランド地域だけでまた感染が続いていて、一時、地域限定のロックダウンになった後、ある一定の制限が続いている。この2回目のロックダウンは、地域に感染者が4人出た時点で実行された。

 そんなニュージーランドに住んでいると、日本との対応の差に理解が追いつかない。今回は、そんなこの数カ月のことを振り返ってみようと思う。

 ニュージーランドで初めての感染者が見つかったのは、2月28日だった。その前から政府は対策案を考えていて、3週間後の3月21日には、4段階の対策案を発表し、3月26日から最大対策レベル4へ移行し、国全体がロックダウンとなった。その時点で、国内の感染者は155人だった。(注1)

 アーダーン首相はロックダウンに入る前夜に、自宅からフェイスブックのライブ配信機能を使って、「ロックダウンになっても、感染の潜伏期間は、平均2週間と言われているから、最初の2週間は感染者数がうなぎのぼりするだろう。それによって、気を落とさないで、お互いを守るために家にいてください」と語りかけた。(注2)そして、リアルタイムで投稿される住民からの質問に、丁寧に答えていた。

 前代未聞の出来事を目の前に、国全体が不安に包まれていたけれど、彼女のアットホームな語りかけによって、ホッとした人たちは多かったと思う。

 私も例外ではなかった。動画を見た後、みんなここからそれぞれの家で、お互いを守るんだ、というような団結を感じた。

スーパーで、人と距離を置いて並ぶ人の列

スーパーで、人と距離を置いて並ぶ人の列

 この自粛期間に対して、日本でも「おうち時間」と言った表現が使われるのを目にしたけれど、ニュージーランドでは、「バブル」という表現が使われた。

 同じ家に住む人たちは、みんな一つの「バブル」に住んでいて、それ以外の人たちと接触すると、その「バブル」が弾けてしまう。障がいを持っていたり、高齢で介助が必要な人たちは、介助に来てくれる人とその家族も含めて、拡大バブルということになっていた。

 お互いから距離を置くという表現ではなく、自分たちのバブルを守るという考えは、子どもたちにもなじみやすいものだった。友達と電話した時などに、「そっちのバブルはどうー?」と聞きあったりして、使いやすい言葉でもあった。この考えは、オタゴ大学の電動車イスを使っているトリステン・インガム教授が発案したそうだ。

同居人と笑い合った時間

 私のバブルには、私のほかに、3人の同居人がいる。そのうちの一人は小人症で、私と同じくらいの身長だ。

 私たち障がい者にとって、なんらかの病気だったり、怪我や治療の回復途中で、家にずっといなければいけない状況は、真新しい経験ではないという話をした。いつもなら一人でじっとしていなくてはならず、寂しさを感じていた。けれど今回は、この国中、それどころか世界中の人たちが家にこもっているということで、寂しさを感じることはなかった。

 「バブル」を守るためになるべく外との接触をさけて、買い物に行く回数は最低限に減らし、一世帯から一人を選んで、その人だけが買い物に行くようにと言われていた。私の同居人の一人がその役を務めてくれた。

 それまでは、それぞれが自分に必要な食材を買って、別々にご飯を食べることが多かったけれど、買い物を共有することによって、ほぼ毎日夕飯を一緒に食べる習慣ができていった。このメンバーで暮らし始めたのは今年からで、私は全員のことを知っていたけれど、私以外の同居人はお互いのことをまだよく知らなかったこともあり、ゆっくり共に過ごせる時間は、貴重だった。

 ロックダウンが始まってから3週間くらい経つと、1日の始まりと終わりが、ぬるっと繋がってしまったかのように、昨日と今日の境目が曖昧になってきた。それでも私は、日中は自宅で仕事をしていたこともあり、日常を保つことができた。けれども同居人たちは、仕事が止まってしまって、時間の過ごし方に困っているようだった。

 仕事をしていない時は、同居人と一緒に暖炉の前に座ってウクレレを弾いたり、イースターの時には、みんなで絵を描いたりして過ごした。

友人たちとテーブルを囲んで絵を描く様子

イースターエッグをみんなで描いた夜

 毎日夕飯を一緒に食べている時、同居人の一人が流れてくる音楽のリズムに乗って体を動かすと、私もつられて体を動かしたりして、笑いが止まらなくなった。普段だったら、何とも思わないような小さなことが、この世で一番くらいに面白く思えて、5分くらい大笑いをしたこともあった。こうやって、笑えたことで息詰まらないでいられた気がする。

 身近な人達が直面している現実や世界の状況に目を向けると、いろんなやるせなさや不安や悲しみがある。でも、その思いに飲まれてしまわないために、人とのつながりが、いかに大切かが身にしみた。

持続可能な社会へ変わるとき

 ニュージーランドのロックダウンは、エッセンシャルワーカー以外は、買い物と緊急の場合でなければ、自宅から半径2キロメートル以上離れてはいけない、という厳格なものだった。それに従わせる法的拘束力もあった。でも、そんな厳しい対応が可能だったのは、仕事が減ったり失ってしまった人たちには、迅速な所得補償が実行されたからだった。

 ニュージーランドで働く人たちはみんな納税ナンバーというものを持っている。オンラインで自分のナンバーを入力すれば、その所得手当に申し込みができる。とてもシンプルなプロセスで、早ければ2日ほどで、もともとの収入の8割から10割が振り込まれた。

 もちろん、仕事を失ったり、この先の見通しが立たない不安定さは苦しいもので、福祉の現場では、今までよりもややこしくてより困難な状況に立たされる人たちが増えている。

 政府は早い段階から、障がいを持った人たちや障がいを持つ人と関わる団体からアドバイスを受けていたのにもかかわらず、マスクや手袋といった防護用品は、すぐに品切れになってしまったり、バブルを守るために同じ人のところにしか介助に入れないことから、人手不足が深刻化した。中には、介助者が来れず、かなり危機的な状況に追い込まれた人たちもいたと聞く。

 また、国民全員をロックダウンに従わせるための法律を適用するということは、警察がより力をもつことだと懸念の声も上がった。

 ニュージーランドの先住民マオリの人口は全体の約16%だけど、刑務所の中の半数以上はマオリの人たちということもあり、警察による警備が強まると、まずターゲットになるのは彼らだろうという指摘もあった。

 コロナウイルスは、こういう風に、既にあった差別や不平等性を、より際立たせた。

 6月上旬に政府は、コロナウイルスの影響で仕事を失った人たちには、このまま週490ドル(日本円では4万円相当)を支給すると発表した。それは、コロナウイルス以前に失業した人たちの失業手当の倍額だった。そうやって、コロナウイルス前後で差をつけるのは、差別的だと国全体で問題になった。でも、それが問題になるニュージーランドが、私は正直うらやましく感じた。

青い扉の前で笑顔の宇宙さん

ロックダウン中に24歳になりました

 福祉の現場に関わる仕事や、仲良い友人たちと話す中で、ニュージーランドや、アーダーン首相が完璧ではないということはよく知っている。それでも、ニュージーランド政府は危機的状況に目を背けず、なるべく多くの人たちにとっていい方法を模索しているように見える。独裁的ではなくて、さまざまな専門家からの意見を取り入れて判断し、この国に住む人たちの思いにも可能な限り寄り添う柔軟性によって、ロックダウンは7週間ほどで終わり、国内の新規感染者も連日でゼロを記録するようになった。

 ロックダウンが解除された後も、国外に住んでいたニュージーランド人や永住権を持つ人が戻ってくる中で、感染がまた始まるかもしれないと言われていた。

 そして、102日間の地域感染ゼロの記録の後、8月12 日にオークランドで家族内感染が見つかった。国内で4人感染した人がいるということで、オークランドは、対策レベル3となり、実質ロックダウンに戻った。

 それ以外の地域も、レベル2になり、大きなイベントなどは全てキャンセルになった。でも、悪いのは感染した人ではなく、ウイルスであり、協力して感染の曲線をなるべく平坦に保つという政府の迅速かつ思慮深い対応に、驚かされている。

 「こんなにロックダウンしていたら経済が……」といった論議を持ち出してくる人たちはどの国にもいるけれど、人の命なくして経済は存続し得ない。人の命も顧みずに、経済成長ばかりを求めてきてしまった現代社会から、もっと持続可能な社会へ方向転換していけますように。

(注1)ニュージーランドでのコロナウイルスへの対応の時間軸https://shorthand.radionz.co.nz/coronavirus-timeline/
(注2)NZのアーダーン首相、自宅からネット中継で新型コロナの質問に答える。子どもを寝かしつけた後、国民に発信https://www.huffingtonpost.jp/entry/jacinda-ardern-coronavirus-live-qa_jp_5e7d5001c5b6614922648b4c

安積宇宙プロフィール画像_ニット帽
安積宇宙(あさか・うみ)
1996年東京都生まれ。母の体の特徴を受け継ぎ、生まれつき骨が弱く車椅子を使って生活している。 小学校2年生から学校に行かないことを決め、父が運営していたフリースクールに通う。ニュージーランドのオタゴ大学に初めての車椅子に乗った正規の留学生として入学し、社会福祉を専攻中。大学三年次に学生会の中で留学生の代表という役員を務める。同年、ニュージーランドの若者省から「多様性と共生賞」を受賞。共著に『多様性のレッスン 車いすに乗るピアカウンセラー母娘が答える47のQ&A』(ミツイパブリッシング)。
Twitter: @asakaocean
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