ケアリング・ストーリー

  1. 「第11回 生理学的プロセス」ケアリング・ストーリー

     1990年代半ばごろのことだっただろうか。飛行機に乗っていた。ブラジルからロンドンに向かうフライトだったと思う。 その頃、北東ブラジルの町に住んで、母子保健の調査や国際協力の仕事をしていて、時折、ロンドンの大学に仕事に行っていた。

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  2. 「第10回 七回忌」ケアリング・ストーリー

     仏教の熱心な信徒というわけではないが、家には仏壇があり、お盆にはお上人さまにきていただいてお参りをしてもらっている。 常々、人が亡くなった後の仏教の法要の時期、というのは、よくできているな、と思っていた。

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  3. 「第9回 子どもに選ばせる」ケアリング・ストーリー

     子どもをまもる、ということには、非常に困難な自己決定の場から子どもをまもる、ということもあると思う。

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  4. 「第8回 続・スペイン風邪」ケアリング・ストーリー

     前回の連載「スペイン風邪」の続き、である。 日本最初の女子留学生の一人で、「鹿鳴館の花」とも言われた山川捨松、のちの大山捨松は、1919年、スペイン風邪で亡くなった、ということを前回、書いた。

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  5. 「第7回 望む未来」ケアリング・ストーリー

     あれは、一度大学を卒業したあと、昼間、百貨店で働いて、夜、学士入学した別の大学の夜間部に通っていたころのことだった。最初に卒業した大学のおかげで薬剤師免許を取ることができて、百貨店の人事部医務室に薬剤師として働いて、週に一回、薬品売り場にも出ていた。

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  6. 「第6回 スペイン風邪」ケアリング・ストーリー

     山川捨松(のちの大山捨松)のことが、とても気になっていた。今も気になっていて、彼女に関する資料をあれこれ読んでいる。 1860年に生まれた山川捨松は、1871年、11歳の時、日本初の五名の女子留学生の一人として、幼い津田梅子、永井繁子(のち瓜生繁子)らとともにアメリカに渡った女性である。

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  7. 「第5回 スタイルを作る」ケアリング・ストーリー

     モノは必要ない、身の回りの物は少なければ少ないほどいい、片づいた部屋にいればいるほどいい。断捨離とか、片づけとか、ずいぶん、流行していた。いや、2021年の春をむかえる今、新型コロナパンデミックの最中にあって、いっそう、流行していると思う。

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  8. 「第4回 最期まで自分の意志で過ごすには」ケアリング・ストーリー

     とある介護に関する講義のあとで、質問を受けた。「最後まで自分の意思を反映させた日常生活を送るには何が必要だと思いますか」。 最後まで自分の意思を反映させた日常生活。 自分がこのように生きたい、と願い、このように人生を終えたい、と願う。そのような意思が反映された日常生活。

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  9. 「第3回 生活という永遠」ケアリング・ストーリー

     今、私の生活は割と単調だ。結構毎日同じことをしている。6時には起きていて、神棚の榊の水を替え、お水を供え、仏壇のお花の水を替え、お水を供え、ろうそくを灯して線香をあげる。線香をあげながら、父や祖父母やご先祖さまや、夫や夫の母や叔父など亡くなった人のことを考える。

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  10. 「第2回 ロングショットの喜劇」ケアリング・ストーリー

     あほちゃうか、ほんまに……。なにやってんねん、おとうさん……。 嘆息には、関西弁がよく似合う。というか、もともと関西で育ったので、ネイティブ言語は関西弁なのである。

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