ケアリング・ストーリー

  1. 「第17回 小学校」ケアリング・ストーリー

     子どもの頃はよかった、とか、若い頃はよかったとか、おっしゃる方が少なくないのだが、ちっともそう思っていない。子どもの頃は、全然、楽しくなかった。何がそうさせたのか知らない。人のせいでも時代のせいでもないと思う。徹底的に不機嫌な子どもだった。写真を見ても笑っている顔がほとんど、ない。

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  2. 「第16回 出生地主義」ケアリング・ストーリー

     日本人とは誰か、というのは、とても一言では説明できない。 日本人とは誰だろうか。日本国籍を持つ人か、日本国籍はなくても、日本人を先祖に持つ人か、日本に住んでいてこれからもずっと日本に住んでいたい人か、あるいは日本に住む、住まないにかかわらず、日本人でありたい人か、日本語を話す人か。

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  3. 「第15回 見ない勇気」ケアリング・ストーリー

     ネット上で連載などしているのに、何をいうか、と言われそうではあるが。 ネットとかS N Sに書かれていることで、見たくないことは、見ない勇気、というのがほんとうに、必要だと思う。見たくないものは、見なければいいのだ。

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  4. 「第14回 妊娠中絶について 後編」ケアリング・ストーリー

     前回、妊娠中絶が違法である国における「違法な妊娠中絶」は、イコール、「危険な妊娠中絶」となり、世界の妊産婦死亡の重要な原因の一つである、と書いた。

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  5. 「第13回 妊娠中絶について 前編」ケアリング・ストーリー

     ブラジル北東部で長男を出産した直後だったから、2021年現在からすれば、あれは30年も前、ということになる。

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  6. 「第12回 からだにわるい」ケアリング・ストーリー

     認知症になった当初は、わたしのことを、妻だ、と思って人に紹介していた父だが、だんだん、わたしがだれかもわからなくなった。晩年はグループホームのような小さな規模の施設にお世話になっていた。食事の時間に行って食事介助をするのだが、食べようとしない日があった。

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  7. 「第11回 生理学的プロセス」ケアリング・ストーリー

     1990年代半ばごろのことだっただろうか。飛行機に乗っていた。ブラジルからロンドンに向かうフライトだったと思う。 その頃、北東ブラジルの町に住んで、母子保健の調査や国際協力の仕事をしていて、時折、ロンドンの大学に仕事に行っていた。

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  8. 「第10回 七回忌」ケアリング・ストーリー

     仏教の熱心な信徒というわけではないが、家には仏壇があり、お盆にはお上人さまにきていただいてお参りをしてもらっている。 常々、人が亡くなった後の仏教の法要の時期、というのは、よくできているな、と思っていた。

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  9. 「第9回 子どもに選ばせる」ケアリング・ストーリー

     子どもをまもる、ということには、非常に困難な自己決定の場から子どもをまもる、ということもあると思う。

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  10. 「第8回 続・スペイン風邪」ケアリング・ストーリー

     前回の連載「スペイン風邪」の続き、である。 日本最初の女子留学生の一人で、「鹿鳴館の花」とも言われた山川捨松、のちの大山捨松は、1919年、スペイン風邪で亡くなった、ということを前回、書いた。

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