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「第9回 ソーシャルワークとの出会い」

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専攻に悩んだ日々

 明日、長かったような短かったような四年間を経て、大学を卒業する。この機会に、この四年間に大学で何を学んだかについて、振り返ってみようと思う。
 第四回の記事にも書いたように、私が大学に進むことを決めたのは、「どんな子どもも、よい幼少期を過ごせる社会を作りたい。そのための方法を学びたい」という思いからだった。

 そこで専攻は、心理学を選んだ。子どもの発達過程や、社会環境を作る人間心理を学ぶことを通して、どんな環境が子どもの成長にいいのかということを学べるのではないかと思ったからだ。

 ところが入学後の授業は、統計学や脳科学の基礎といった数学的・科学的な内容ばかりで、人文科学を期待していた私はがっかりしてしまったのだ。

 もちろん、自然科学からも学ぶところがあった。脳がどのように記憶を貯め、必要に応じて思い出すことができるかとか、神経科学的な観点から見た精神的な症状などについては、興味深かった。また、ある授業で教授が「私たちは、自分たちの脳のことより、宇宙のことの方がわかっているんだ」と言っていたことが衝撃的で、よく覚えている。

 だけど、統計学などの数値を使って「人」や「社会」を分析するアプローチには、どうしても馴染めなかった。

 そんなふうに自分の選んだ授業に満足できなかった頃、友達の授業に「もぐり」に行ったことが何回かあった。

 初めてもぐったのは、地理の授業だった。友達が授業で、「土地の開発による貧富の拡大」について勉強していると教えてくれて、おもしろそうだと思ったのだ。

勉強中に友達三人と写真を撮る宇宙さん

お気に入りの勉強仲間と勉強場所

 実際、アジア人で車椅子に乗っている学生なんて、私一人しかいないので、教室に入った瞬間、この科目の履修生ではないことはバレバレだったと思う。

 聴講後、教授に「とても面白かったです。これからも、聞きにきていいですか」と聞いたら、快く承諾してくれたので、その授業には何度かお邪魔した。

 その教授が「地域について学ぶことを通して、社会変革を目指している」と言うのを聞いて、それも楽しそうだなと思い、地理学に専攻を変更しようかと真剣に思ったりもした。

 もともと、興味があった社会人類学の授業にももぐったこともある。社会人類学とは、世界各国の共同体や家族の成り立ちや、それから浮き上がってくる社会の構造に注目する人類学の一分野だ。子どもの社会的背景と関係があるかなと思ったのだが、期待していたものと少し違って、あまりピンとこなかった。
 教授の研究内容や、その時々の授業のテーマによって内容も違うので、一回の講義で判断できるものでもないけれど、結局その授業に戻ることはなかった。

進路を変えた授業

 さて、一年間の中で取れる科目は、最大八個。基本的に、年間七つの科目を取ることがオタゴ大学では一般的だ。選択する科目数は、日本と比べたら圧倒的に少ないと思うけれど、コマ数は多い。例えば、一年生の基礎心理学の授業は週3コマ(月水金)、統計学の授業は週2コマ(火木)あった。授業の後には少人数制のフォローアップのクラスがある。七、八科目と言っても、授業についていくためにはしっかり予習復習することを求められる。

海を眺めながら勉強する風景

週末はビーチで勉強

 専攻によって必修科目が決まっているが、必修以外に一つか二つ、とれる科目がある。
 その枠を使って、一年の頃にとった社会学の授業が、私の大学生活を変えるきっかけになった。
 ある日の社会学の授業に、ゲスト講師が来た。ソーシャルワーカーのニコラ教授だった。その授業の中で、彼女が「ニュージーランドに住む全ての子どもたちが、安全に暮らせる社会ができるまで、私はリタイアしない」と言った。それを聞いて、「私はこの人の下で学びたい」と直感的に思ったのだ。

 授業が終わった後、すぐに彼女の名前を調べて、ソーシャルワークに専攻を変えたいのですが、どうすればいいですか、とメールを送った。
 そして一週間後には、彼女と直接会うことができた。
 ラッキーなことに、心理学の授業で取った単位をそのままソーシャルワークの単位として換算することができるという。一年生のうちは、そのまま心理学の専攻にとどまって、二年生からソーシャルワーク学部に転学することが決まったのだ。

 「ソーシャルワーカーは足りていないし、卒業したら仕事を見つけるのは簡単よ」ともニコラ教授は言った。それまでは大学を卒業したあとの進路について、あまり想像がついていなかった。でもその彼女の一言で、自分が歩いていく道筋がすっと見えたような気がして、とてもワクワクした。

 卒業を迎える今日まで、この決断を後悔したことはない。
 後悔どころか、授業を受けてはよく、初めてニコラ教授と面接した時と同じようなワクワクを感じたものだ。そんな風に思えたのは、教授たちの姿勢と人柄があったこそだったと思う。

 そして、ソーシャルワーク学部の学び方が私には合っていた。一般的には小論文を書く時に、「私」という主語を使ってはダメなことになっている。自分の視点を出すのではなく、客観的に論を進めなければいけないからだ。でも、ソーシャルワークの小論文は違った。自分の視点を含めること、自分の経験が、どういう風に自分の考えや行動に影響を与えているかを考察し、説明することが求められる。私にとって、これはとてもやりやすい手法だった。

ソーシャルワークは自分について学ぶことだった

 ソーシャルワーク学部で学んだことは、全ての人が学んだらいいと思うことばかりだった。とても簡単にまとめると、大きく二つに分けられると思う。一つは、社会と人への理解を深めること、もう一つは、人と社会との関わり方を考えること。

 クライアントとしっかり向き合うためには、その人たちが置かれている状況と社会的背景を理解しなければいけない。困難を抱えている人たちの多くが、過去に「傷」を追っていたり、社会的に不利益な立場に置かれていることがある。

 そんな立場に置かれている人たちに対して、自分の中にある偏見やバイアスで人を判断してしまうことを避けるためには、自分の思考や言動がどこからやってくるのかということを、ちゃんとわかっていなければいけない。ソーシャルワークを学んだことで、社会や他の人についてと同じ分だけ、自分自身についても学んだ。

 そうして自分への理解を深めることで、より対等で、向き合う人を尊重できる関わり合いができるようになるのだと思う。

 私が専攻を変えたいと思ったきっかけのニコラ教授は、フェミニストだ。性的被害にあった場合、まず最初に駆け込める団体の、立ち上げメンバーの一人でもある。彼女自身の家族の話や、仕事のキャリアの話なども、学術的な理論の話と同じくらい、貴重な話だった。

卒業式で宇宙さんとお友達のツーショット

留学生の卒業式前のイベントにて

 もう一人尊敬するのが、ウォーカー教授だ。彼はマオリの人で、南島の南部一帯を占める部族の出身。十代のはじめから児童相談所に引き取られ、かなり荒れた思春期を過ごした経験をもつ。でも、十代後半の頃に出会った一人のソーシャルワーカーから「信頼」を受け取り、その道に進むことを決断したという。彼もまた自分の経験を、学生たちと惜しみなく共有してくれた。
 マオリのウォーカー教授との出会いは、私のニュージーランド理解をいっそう豊かなものにしてくれたように思う。

 この二人は、オタゴ大学教授であると同時に、今は政府の顧問としても活躍している。

 私のように、大学入学前に学びたいことがあったとしても、専攻選びには紆余曲折があった。転学がしやすい大学だったおかげで、本当に求めていたことを学べたと感じている。

 ウォーカー教授の忘れられない言葉がある。「人のために悶えなさい、私たちはそうすることで恩を返す義務がある(Be upset for others. Because you owe them.)」。

 不平等な扱いを受けてきた人の困難を、その人のせいにしないこと。共に怒れること。それこそが共感力であり、人間としてあり続けるための試みなのだ。

 明後日からは、卒業後の道が私を待っている。恩師たちへの最大の敬意と共に、これからの道を歩んでいきたいと思う。

安積宇宙プロフィール画像_ニット帽
安積宇宙(あさか・うみ)
1996年東京都生まれ。母の体の特徴を受け継ぎ、生まれつき骨が弱く車椅子を使って生活している。 小学校2年生から学校に行かないことを決め、父が運営していたフリースクールに通う。ニュージーランドのオタゴ大学に初めての車椅子に乗った正規の留学生として入学し、社会福祉を専攻中。大学三年次に学生会の中で留学生の代表という役員を務める。同年、ニュージーランドの若者省から「多様性と共生賞」を受賞。共著に『多様性のレッスン 車いすに乗るピアカウンセラー母娘が答える47のQ&A』(ミツイパブリッシング)。
Twitter: @asakaocean
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