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「第7回 友達の作り方」

なつかしい未来の国からバナー_青空と一本の木

会話のきっかけ

 ほぼ知り合いもいない異国の地で、親元を離れて生活するというのは、かなり一大イベントだ。

 それは、どんな人にとっても同じだろうけれど、そこに「車椅子で」という要素を足すと、リスクが増えるらしい。例えば、車椅子が壊れたら、とか、骨折してしまったら、など、リスクを考え出すとキリがない。でも、「らしい」と書いたのは、私は海外で暮らすときのそうしたリスクについて、深く考えたことがなかったからだ。考えたとして不安になるだけというのをわかっていてか、それとも、ただ楽天的すぎなのか、自分でもわからない。

 そして、実際リスクを考えなくても大丈夫だったのは、第5回で書いたように、大学生活が寮から始まったおかげであると思う。

 大学が始まった最初の一週間はオーウィークと言って、学内に慣れるためのオリエンテーション、コンサートやパーティといったいろんなイベントが開かれる。

 ダニーデンは学生の町で、特にパーティの激しさでよく知られる。オーウィーク中にあるパーティで有名なのが、トガパーティ。みんなOPショップというリサイクルショップで買ったシーツを体に巻きつけて、ギリシャ神話風に仮装するというもの。高学年の学生たちが、似たような格好をしてパーティ会場に向かう一年生たちに卵やトマトを投げつけるなんていう恐ろしい風習もある。

 入学したての頃の、会話のきっかけと言ったら、もっぱら「何を専攻しているの?」「どこ出身なの?」もしくは、「トガパーティにいく?」というようなものだった。

 ニュージーランドは狭い国なので、オークランドやクライストチャーチなど大きな町からきた人たちは、共通の知り合いがいることが多い。だから都市出身者の場合は「どこ出身なの?」の答えによって「それでどこの高校行っていたの?」「そしたら、◯◯って知ってる?」などと会話が続いていく。

 私が住んでいた町、フィティアンガはとても小さな町だったので、町の場所すら知っている人はほとんどいなかった。けれど、日本に行ったことがある人や、昔日本からホームステイの生徒を受け入れていたことがあるとか、日本語を学んだことがあるという人たちが多くてびっくりした。

友人とヒッチハイク

寮で出会った親友と、ヒッチハイクしてまで遠出したことも

 初めのあいさつと世間話の後で、よく話すような関係になるかどうかは、お互いの性格次第だ。英語に慣れていない留学生や、少しシャイだったりして、出身地に共通点がなかったり、パーティに行く予定がなかったりすると、会話が始まるきっかけを作ることすら難しかったりする。

 でも、同じように感じている子は少なくない。大学が始まった頃は、知ってる人がいなくて不安なのはみんな一緒。そんな中、キャンパス内で発見したことや、ちょっとした日々の出来事など、シェアできることは増えていく。やがて気があう人に会えて、その輪が広がっていったように思う。

 私は怖いもの見たさで、トガパーティに行ってみたいなと思いつつ、仲良くなった友達は誰も行かないというので、結局参加しなかった。どんなものか見てみたかった気持ちもあったけれど、私が入学した年、酔っ払った学生たちが騒いでいたバルコニーが崩れて、けが人が出たと聞いてその気持ちは吹き飛んだ。骨が折れやすい私としては、けがの可能性があるリスクは極力避けなければならないのだ。

定番の友達を超えて

 オーウィークが終わる頃には、なんとなく友達の輪ができあがっている。

 英語では、この「友達の輪」をカチッと性格が合ったという意味を込めて「クリック(Click、日本語で言うカチッみたいな音)」と呼ぶ。定番の友達ができるのはいいのだが、一度そのクリックが出来上がると、その輪を超えた交流はなくなることが多い。

 子供の心理的な成長について学びたいと思っていた私は、心理学専攻でオタゴ大学に入学した。ニュージーランドの中では、最先端の心理学を学べるということで、同じ寮生で心理学を専攻している子は少なくなかった。

 でも、寮で一緒に多くの時間を過ごす中でできた「クリック」のうち、心理学専攻は私ともう一人しかいなかった。授業に一緒に連れ立って行く友達がほしかった私は、ちょっと困った。

 電動車椅子も持って行っていたので、一人で授業に行くことは、できないことはなかった。でも一人で行動するのが基本的に好きじゃないうえに、一年生の授業は基礎的な授業なので大教室だったから、そこに車椅子で一人で入るのも、心細かった。

 手動車椅子を使うとなると、常に誰かに押してもらわないと移動できない。一人になるという選択肢がないのは、裏を返せば、一人が苦手な私にとってとても有利なことだった。「授業に行くのに車椅子押してくれない?」という一文は、固定しがちな「クリック」を超えて、使い終わった「会話のきっかけ」を超えて、さらにつながる会話を始めるために、とても役に立つ一言だった。

 そのおかげで、大学が始まって一カ月経つ頃には、寮の中の一二五人中八〇人以上の子達と知り合うことができた。そして、どの授業に誰と行くかということも、自然に決まっていった。

 大学のキャンパスから寮までは、およそ徒歩一〇分。授業に行く時以外は、あまり一緒に過ごさない友達でも、授業の前に「今から迎えに行くよ」と連絡をくれて、一緒に歩く一〇分間にいろんなことを話すことができた。

 時が経って、いつも送り迎えしてもらうことが迷惑になっていないか、と心配する気持ちが出てくることもあった。でも、「車椅子押すの、負担じゃない?」と確認すると、どの友達も「同じ道をどちらにしても歩くのだから、お安い御用」と全く気にかける様子がない。その対応に、私の中にある「迷惑になってはいけない」という思いが溶けていくようだった。

 安定して一緒に過ごせる友達は、家族も知り合いもいない土地で大学生活を始めるときにとても大切。けれど、車椅子を押してもらう通学時間にたくさんの友達と過ごせたことも、いろんな人と知り合うのが好きな私にとって、寮生活の素敵なボーナスだった。

声をあげていいんだ

 車椅子に乗っていると、困ったことや、助けが必要な時は声をあげなければいけない。だからこそ、「サポートするよ」と応援してくれる人たちに出会うことができた。

 「助けるを求めるのは悪いことではない」というのは、私の場合、小さな頃から教わっていたこと。でも、このニュージーランドでの経験で、その実感がさらに増したように思う。そして、「私が感じる困難は私だけのものではないし、これからくる学生に同じ困難を感じて欲しくない」と考えて、より声をあげられるようになった気がする。

踊りのコンテストに参加したメンバー集合写真

カパハカというマオリの人たちの踊りの寮同士のコンテストに参加した

 あまりよく知らない人にも「車椅子を押して!」と声をかけていたこの頃は、いろんなイベントやサークルのミーティングに顔を出したり、寮の中のイベントにも頻繁に参加していた。その積極性が評価されたのか、一年生の終わりに、「寮の中で一番貢献した学生賞」をいただいた。

 それは私たちの代から作られた賞で、そもそもそんな賞があることも知らなかったから、すごく驚いた。「宇宙が受賞したのはとても納得するよ、おめでとう」と、何人もの友達が声をかけてくれたことが、いちばん嬉しかった。

ディナーのテーブルで友人とツーショット

寮生活最後のフォーマルディナーにて、賞をいただいとき。

 二年生になって、寮を出た。学校のさらに近くで友達と暮らすようになってから、授業に一緒に行く人がいなくなったので、電動車椅子を使うことが多くなってしまった。

 電動車椅子を使えば、自分のペースで自分の行きたいところにいける自由がある。でも一方で、バッテリーを長持ちさせるために電池をギリギリまで使い切りたいとか、同時にバッテリーが切れたらどうしようという葛藤で、疲れることもよくある。一旦、自分でできることに慣れてしまうと、人を頼ることに躊躇を感じるようになってしまうのだ。あの頃の積極性を取り戻せたらいいのに、と思うこともある。

 不安を感じずに一年生のスタートをきることができたのは、車椅子のおかげで人と知り合うきっかけを作るのに自信があったから。そして「人に頼っていい」と教わってきていたこともあって、人と出会えれば、困ったことも乗り越えられると知っていたからかもしれない。

 車椅子だと、困ることが多いように思われるけれど、私は車椅子のおかげでたくさんの出会いを得てきた。「車椅子を押して」というのは、私にとってのスーパーパワーみたいなものなのだ。

安積宇宙プロフィール画像_ニット帽
安積宇宙(あさか・うみ)
1996年東京都生まれ。母の体の特徴を受け継ぎ、生まれつき骨が弱く車椅子を使って生活している。 小学校2年生から学校に行かないことを決め、父が運営していたフリースクールに通う。ニュージーランドのオタゴ大学に初めての車椅子に乗った正規の留学生として入学し、社会福祉を専攻中。大学三年次に学生会の中で留学生の代表という役員を務める。同年、ニュージーランドの若者省から「多様性と共生賞」を受賞。共著に『多様性のレッスン 車いすに乗るピアカウンセラー母娘が答える47のQ&A』(ミツイパブリッシング)。
Twitter: @asakaocean
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