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【書評】『福音ソフトボール 山梨ダルクの回復記』評者:森達也(ドキュメンタリー映画監督、作家)

「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」
 評者:森達也(ドキュメンタリー映画監督、作家)

 

薬物常習者には罰を?

芸能人などが薬物で逮捕されたとの報道があるたびに、この社会は「なぜ薬物などに手を出すのか」とあきれる。しかも彼らの多くは常習者だ。どうやらまったく懲りていないらしい。ならばもっと厳しい罰を与えるべきだ。
その対応はまったく的外れであることを、薬物専門家は知っている。彼らに対して懲罰はほとんど意味をなさない。だって一種の病気なのだ。専門的な治療が必要だ。
でもその治療に、外科手術や薬物投与は必要ない。心の病だ。対策はひとつだけ。この世界と自分に対しての意識を変えること。

 人は変われる

ほとんどの犯罪者と同様に薬物依存者も、幼年時の愛情の不足や虐待、学校や職場でのいじめなどのつらい過去を背負っている。共通する要素は疎外感だ。だからこそ人との繋がりを回復することが重要だ。

人は変われるんです。

山梨ダルクの佐々木広は三井ヤスシに言う。この言葉に三井は感銘を受け、そして僕も強く共感する。人は愚かだ。何度も同じ失敗を繰り返す。取り返しのつかないことまでしてしまう。でも変われる。同じ人かと思うほどに。

読んで想像しよう

取り締まる山梨県警と取り締まられる薬物依存者とのソフトボールの試合経過が縦軸となる本書は、きわめて映像作品的な構成となっている。
でもあくまでも「的」だ。当たり前だけど映像ではない。文字だ。だから想像してほしい。一人ひとりはどんな顔をしているのか。どんな声なのか。どんな人たちなのか。
世界はもっと豊かだし人はもっと優しい。
これをあらためて実感できる一冊だ。

(2014年5月9日記)

福音ソフトボール

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