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11.252016
「一枚の布」少女のための性の話
だれもはいていなかった
あなたはあたりまえのように、パンツをはいていると思います。いや、今はあなたくらいの年齢の女の子でも、パンツ、なんていわずに、ショーツとかパンティーとかいうのかもしれない。ファッション界では「パンツ」は下着のことじゃなくて、ズボンやスラックスを意味する日本語として使われるようになって、ずいぶん長くなりますからね。でも今回は一応、「パンツ」は下着としてのパンツ、と定義します。
で、あたりまえのように、パンツをはき、おそらくはパンツは毎日着替え、毎日洗って(洗濯機に放り込んで?)いると思います。あなたにとって、それは幼いころからの習慣だと思うのですが、これが日本の女性の習慣になってから、まだあなたで、3世代目くらいじゃないかと思います。
あなたのおかあさん、そしてあなたのおばあさんは、おそらくものごころついたころからずっとパンツをはいていたことでしょう。
しかし、あなたのおばあちゃんのおかあさん、すなわち、あなたのひいおばあちゃんくらいのときは、まだパンツはそんなに普及していませんでした。ひいおばあちゃんのおかあさん(そんなの、日本昔話の世界じゃないか、といわれるかもしれませんが)のころは、誰もパンツははいていませんでした。きものが日常着の生活でしたから、パンツははいてなくて、下着は「腰巻き」という腰に巻きつける布を着けていたのです。
腰巻き文化の国では
ひえ〜、そんなの、すうすうしちゃって、寒いんじゃないの、とか、何もはかないとかあり得ない、とかいうのは、あなたが毎日パンツをはいているから、そう思うだけです。
日本だけじゃなくて、他のアジアの国やアフリカなど、「腰巻き」ふうの伝統衣装をつけているところでは、もともとパンツははいていなかったようですし、ラテンアメリカのボリビアの高地など、寒いからスカートを何枚もはくような伝統衣装を着ているところでも、パンツははいていなかったようです。
いろいろな国で、パンツをはくようになったのは、つい、この数世代のことであったらしい。これは、けっこう興味深いことです。
パンツは股にぴったりくっついていますから、毎日洗わないと不潔ですよね。日本でパンツが普及しはじめたころ、「パンツは毎日洗いましょう」といろいろなところで啓蒙活動(どういう意味かわからない人は調べてみてくださいね)が行われ、学校などでも、そんなふうにおしえられたことがあった、という人もいました。
股にぴったりくっついている下着はどうしたって、毎日洗わねばなりません。腰巻きふうの下着だと、パンツほどは直接よごれませんから、あまり洗濯のできない上記のボリビアのような地域などでは、毎日洗わなければならないような下着は、つけていなかったのではないか、と思います。
きものとパンツの相性
日本の伝統衣装である、きものを着るときは、もともとパンツははかず、腰巻きだけをつけていたのです。あなたも七五三や、関西の人なら十三参り、あるいはお正月などにきものを着たことがあるでしょうが、パンツはいつも通り、はいていたことでしょう。
おかあさんは、きもののときはパンツはかないのよ、なんて、きっとおっしゃらなかったと思います。おかあさんの世代にとっても、きものを着ることなどめったになかったのですから、おかあさんたちも、いつもと同じ下着をつけたまま、きものも着ていたはず。
きものは慣れていないことが多くて、たいへんですよね。歩きにくいし、帯も苦しいし、そして、トイレに行くのも一苦労だったでしょう。きものを着ていると、トイレでパンツを下げるのは、ほんとうにやりにくい。一度やってみるとわかりますが、パンツを下げようとすると、きものが着崩れそうになるものです。
きものを着るときは、パンツのような西洋下着をつけるわけもなく、「腰巻き」だけでしたから、トイレのときもさっとめくればよかったのです。きものとパンツはもともと併用しないものだから、なかなか不便なことになってしまう、というわけなのですね。
パンツをはくとおもらしする
わたしは「母子保健」という、おかあさんと赤ちゃんに関する研究をしています。あかちゃんのおむつはずしにも関心があり、観察していて興味深いことに気づきました。赤ちゃんが歩きはじめて、おむつがもういらなくなるかな、というころ、おかあさんたちが「パンツをはかせると、おもらししやすい」と口をそろえていうのです。
暑い夏のあいだにおむつをはずそうと、思い切って「すっぽんぽん」にすると、こどもはちゃんと「おしっこ」をおしえてくれたり、自分でおまるにすわっておしっこをしたりするのに、パンツをはかせると、「おしっこ」をおしえてくれなかったり、おもらししちゃったりするという。
おかあさんたちは、「このパンツの布が一枚あることで、なにか、感覚が鈍るみたいな気がします」とおっしゃいます。
研究者というのは、こういう、他の人にとってはどうでもいいようなことを、なんだかおもしろいなあ、と思って考え続けてしまうのです。
どうも、パンツの一枚の布が、赤ちゃんの排泄に関する感覚を邪魔しているみたい。なにもはいていないほうが、赤ちゃんの排泄に関する感覚を鋭くさせているみたい。
わたしたちはもう大きくなっているから、パンツをはいていてもちゃんと排泄の感覚がわかります。でも、こういう「お股にぺったりくっついている一枚の布」が、お股の感覚を鈍らせることが、あるのかもしれないなあ、と考えてしまうのです。わたしたちがもう三世代にわたって、「お股にぺったり布がくっついている」状態のパンツをはき続けているということは、「なにか」に鈍感になってしまっているのではないかなあ、と。
たった一枚の布でも
お股は、排泄にも、愛し合うことにも、赤ちゃんを産むことにも、とても大切なところです(この連載の「お股を大切に」の回で、すでに申し上げました)。感覚は、鈍くない方がいいんです、きっと。そして、股にぴったりくっついている下着は、そういう感覚をひょっとしたら邪魔するものかもしれない、と思ってみてください。この一枚のパンツで、私は何か失っているものがあるのかもしれない、と。いや、大げさな話ですね。
そうはいってもですね、いまや、かわいくてファッショナブルなパンティーはおしゃれの一部ですから、あなたはかわいい下着をほしいでしょう。かっこいいワンピースも、スカートも、ジーンズも、下着をつけていることが前提になっている服装ですし、あなたの生活からパンツが消えることはありません。学校に行ったり外出したりするときにパンツはいてない、なんて、それこそあり得ないこと。毎日ちゃんとはいていただくべきもので、毎日お洗濯していただくべきものです。
でも、たとえば、寝るときとか、ときどきパンツをはいていなくてもいいときも、あるんじゃないでしょうか。
アイルランド人の友だちは、おばあちゃんから「寝るときにはパンツをはいてはダメよ、体に悪いから」といわれて育てられたそうです。そんなことしちゃダメ、とおかあさんにいわれるかもしれないけれど、「人間はもともと、パンツははいていなかった」、「一枚の布が何か感覚を鈍らせているかもしれない」ということは、ちょっと頭の片隅においてみてほしいな、と思います。
三砂ちづる (みさご・ちづる) 1958年山口県生まれ。兵庫県西宮育ち。津田塾大学国際関係学科教授、作家。京都薬科大学卒業、ロンドン大学Ph.D.(疫学)。著書に『オニババ化する女たち』、『昔の女性はできていた』、『月の小屋』、『女が女になること』、『女たちが、なにか、おかしい』、『死にゆく人のかたわらで』、『五感を育てるおむつなし育児』、『少女のための性の話』、訳書にフレイレ『被抑圧者の教育学』、共著に『家で生まれて家で死ぬ』他多数。
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