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「子どもができること」少女のための性の話

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科学で説明できること

 この連載、「奇跡のプロセス」でも書いたことがありますけれど、何が奇跡、と言って、人間が人間をつくる、ということ以上に驚くべき出来事はありません。

 他の動物や、あるいは植物も同じですけれど、自分と同じ生物を子孫として残すことができます。人間もそうなのです。女であるあなたの体は、新しい人間をからだの中ではぐくみ、産みだすことができます。

 生きていく、ということは、多くの驚きや奇跡や眩しい出来事に満ちていますが、この「一人の人間をつくる」ということ以上にびっくりすることは、なかなか、ないものです。

 今や科学の方法で精密に調査され、「人間がつくられる」プロセスについてもいろいろな理解が進んでいます。

 女のからだにある卵子が男のからだがつくる精子と一緒になると、卵子が受精卵となって、妊娠が始まり、だいたい10カ月くらい女性のからだの中で子どもは育ち、産まれる、というプロセスも、もちろん精妙に調査研究されています。

 女性はだいたい1カ月に一度、排卵するので、その頃に卵子が精子と出会うと妊娠が起こる。昔の人もだいたい感覚としてわかっていたかと思いますが、そういうプロセス自体も科学で説明されています。だから、あなたも学校や本で、そんなふうに、習う、あるいは勉強する、と思います。

 科学はわからないことを一つ一つ観察して、実験して、科学的な事実を積み上げていく、というのがその方法です。それはだれにとっても興味あることだし、尽きせぬ人間の自然界への疑問を理解する、というわくわくする思いに満ちています。

 観察や実験、理科や算数、数学、といった科目が大好きなら、あなた自身も将来、疑問を抱え、それを解くことを生涯の課題とするような科学者になるかもしれません。それはものすごく魅力的な人間の仕事だと思います。

科学でわからないこと

 でも、この世の中のすべての奇跡や人間の行動や思いや人間同士の関わり、自然のありようについて、科学は全てを解明しきれてはいない。おそらく全てを解明することはとても難しい。そしてその最も難しいところに、この「人間をつくる」、すなわち妊娠して、出産する、というプロセスも、あると思う。

 例えば、「いつ妊娠するのか」、つまりは「いつ子どもができるのか」ということについても、わかっているようで、わかっていないこともたくさんあります。

 あなたは学校などで、妊娠の科学的プロセスを学んでいるでしょう。月経が始まった女性は、だいたい、月に一度、排卵する。体には卵巣が二つあって、どちらかの卵巣から排卵される。排卵日はだいたい、生理が始まった時から2週間目であることが多い。だから、だいたいこの日の前後に、男と女が愛し合うと妊娠することが多い、こういうことはご存知だと思います。

 もちろんそれはその通りで、間違ってはいません。でもこのような「科学的説明」は、「子どもをつくる」、「子どもができる」という、人間最大の奇跡のプロセスを全て説明しきれてはいません。

 1カ月に一回、女性が排卵するなら、そのあたりで、男性と性行動を行えば、子どもをつくることができる、とか、そのような、つまりは、お米を研いで水を入れて炊飯器に入れればご飯が炊ける、というようなこととは、全く違うのです。

 なぜ妊娠するのか、については、実はまだわからないこともとてもたくさんある。

 若いあなたは、今のところ、「科学が教えてくれることはものすごく大切で、真実に近づく道だけれども、まだまだわからないことはたくさんあって、妊娠や出産というのは、そのわからないことが一番多い分野だ」くらいに、思っておいてください。

スタンダードな説明は…

 どのように実際に子どもができてきたのか。それは科学とはあんまり関係のない、人間の深い交わりによって、結果として子どもができました、という説明が、一番スタンダードです。

 男と女が出会う。子どもの頃に出会うのではなくて、大人の体になっている男と女が出会う。ある時、突然、今まで出会ってきたたくさんの男の人とは違う、と自分が感じる男の人に出会う。

 なんだかその人のことが気になって仕方がない。その人に会いたい、その人と共にいたい、その人と気持ちも体も確かめあいたい、ぎゅーっと抱きしめていたい、かたわらで一緒に眠りたい。相手もそんなふうに思ってくれていたら、あなた方は深く愛し合うことができる。

 ずっと会いたいのだから、ずっと一緒にいるようになり、多くの社会ではそれは「結婚」という形をとって、周りの人たちにあなたたちの新しい関係を認めてもらうことができる。認めてもらうとあなたたちは、もっと長く一緒にいられるようになる。

 そのような男女は、とにかくお互いを求めているのですから、顔さえ見れば、一緒になりたい、抱き合いたい、セックスしたい、ということになり、毎日そういうことばかりするようになり、それを望むようになり、毎日愛し合っていたら、ある時ふと気がついたら、女の人は妊娠していました。

 これが人類史上、最も多い形で行われてきた「子どもをつくる」、「子どもができる」というプロセスであった、と思います。だから、別に1カ月に一度排卵する、とか、そういうことを意識しようがしまいが、大好きな人がお互いにできたら、毎日仲良くしているから、その結果として、子どもができる、ということは割と自然に多くの人に起こっていたわけです。

授けられたもの

 1カ月に一度排卵する、と、科学は説明しています、と書きました。人間はだいたいそうなのですけれど、そのように定期的に排卵しない動物もいます。

 ウサギなどは、定期的には排卵せず、メスのウサギはオスのウサギと性行動を行うと、排卵するのだそうです。そういう動物は少なくありません。

 人間はそうじゃない、と言われていますけど、どうやら、そういう排卵もあるらしい、ということを人間は経験的に知っています。排卵するあたりには、セックスしないようにしていたのに、なぜか妊娠してしまった、などという話は、世界中に、それこそ山のようにある話です。

 あなたももうちょっと大きくなったら、周囲の大人の女の人に聞いてごらんなさい。きっと、「妊娠しないと思っていた時に妊娠してびっくりした」話をきっとみんな一つや二つは、あなたにしてくれます。

 人間の歴史は、悲しい戦争の歴史でもあります。戦時中は男たちは戦地に出かけて行って、家にはいません。戦地から、とても短い間、家に帰ってきて、その時に「どう考えても排卵日ではなかったのに」、妊娠しました、という話もまた、結構世界中で知られている話なのです。

 昔から「子どもは授かりもの」、と言われてきました。これは子どもをつくること、子どもができること、は、人間の意志だけではなかなかうまくいかないことである。何か人間を超えた大きな力によって「授けられている」ものである、という言い方でした。

 今となっては、科学が発達してもわからないことがある、私たちが完全に知ることができないことがある、ということに敬意を払う、という言葉でもあると思います。

 若いあなたの多くは、これから先、今まで多くの女の人がそうしてきたように、子どもをつくり、子どもを育み、子どもを産むことを経験することでしょう。それがあなたの人生に起こるとしたら、それは大きな奇跡であり、人知を超えたものであり、何よりも想像もつかない喜びと幸せに満ちたできごとなのだ、ということを、先の世代から、お伝えしたいと思います。

三砂ちづるプロフィール画像
三砂ちづる (みさご・ちづる)

 1958年山口県生まれ。兵庫県西宮育ち。津田塾大学国際関係学科教授、作家。京都薬科大学卒業、ロンドン大学Ph.D.(疫学)。著書に『オニババ化する女たち』、『昔の女性はできていた』、『月の小屋』、『女が女になること』、『女たちが、なにか、おかしい』、『死にゆく人のかたわらで』、『五感を育てるおむつなし育児』、『少女のための性の話』、訳書にフレイレ『被抑圧者の教育学』、共著に『家で生まれて家で死ぬ』他多数。
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