ウェブマガジン〜GIFT〜

  1. なつかしい未来の国からバナー_青空と一本の木

    「第25回 ワイタンギデー2022」

     想像してほしい。 ある時から近所に、数人の今まで見たことないような出立ちの人たちが引っ越してきた。その人たちの中には、新しい宗教を勧誘してくる人や、今までなかったようなビジネスを始める人、そして行いが荒れた人たちもいた。

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  2. 「第17回 小学校」ケアリング・ストーリー

     子どもの頃はよかった、とか、若い頃はよかったとか、おっしゃる方が少なくないのだが、ちっともそう思っていない。子どもの頃は、全然、楽しくなかった。何がそうさせたのか知らない。人のせいでも時代のせいでもないと思う。徹底的に不機嫌な子どもだった。写真を見ても笑っている顔がほとんど、ない。

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  3. 「第16回 出生地主義」ケアリング・ストーリー

     日本人とは誰か、というのは、とても一言では説明できない。 日本人とは誰だろうか。日本国籍を持つ人か、日本国籍はなくても、日本人を先祖に持つ人か、日本に住んでいてこれからもずっと日本に住んでいたい人か、あるいは日本に住む、住まないにかかわらず、日本人でありたい人か、日本語を話す人か。

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  4. 「第15回 見ない勇気」ケアリング・ストーリー

     ネット上で連載などしているのに、何をいうか、と言われそうではあるが。 ネットとかS N Sに書かれていることで、見たくないことは、見ない勇気、というのがほんとうに、必要だと思う。見たくないものは、見なければいいのだ。

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  5. 「第14回 妊娠中絶について 後編」ケアリング・ストーリー

     前回、妊娠中絶が違法である国における「違法な妊娠中絶」は、イコール、「危険な妊娠中絶」となり、世界の妊産婦死亡の重要な原因の一つである、と書いた。

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  6. 「第13回 妊娠中絶について 前編」ケアリング・ストーリー

     ブラジル北東部で長男を出産した直後だったから、2021年現在からすれば、あれは30年も前、ということになる。

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  7. 「第12回 からだにわるい」ケアリング・ストーリー

     認知症になった当初は、わたしのことを、妻だ、と思って人に紹介していた父だが、だんだん、わたしがだれかもわからなくなった。晩年はグループホームのような小さな規模の施設にお世話になっていた。食事の時間に行って食事介助をするのだが、食べようとしない日があった。

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  8. 「第11回 生理学的プロセス」ケアリング・ストーリー

     1990年代半ばごろのことだっただろうか。飛行機に乗っていた。ブラジルからロンドンに向かうフライトだったと思う。 その頃、北東ブラジルの町に住んで、母子保健の調査や国際協力の仕事をしていて、時折、ロンドンの大学に仕事に行っていた。

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  9. 「第10回 七回忌」ケアリング・ストーリー

     仏教の熱心な信徒というわけではないが、家には仏壇があり、お盆にはお上人さまにきていただいてお参りをしてもらっている。 常々、人が亡くなった後の仏教の法要の時期、というのは、よくできているな、と思っていた。

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  10. 「第9回 子どもに選ばせる」ケアリング・ストーリー

     子どもをまもる、ということには、非常に困難な自己決定の場から子どもをまもる、ということもあると思う。

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