ウェブマガジン〜GIFT〜

  1. 「第20回 仕事までの道」

    卒業半年前から始めた就活 大学三年生の時に受講していた「コミュニティーとオーガニゼーションについて」という授業に、「ストッピング・バイオレンス・ダニーデン(SVD)」という団体の代表をしているシナモンさんという方がゲスト講師として来てくれた日があった。

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  2. 「第19回 地元から始まる未来のこと」

    毎週土曜日の楽しみ ここ数年の私の週課は、毎週欠かさずファーマーズマーケットに行くこと。ニュージーランドは、大抵どんな街も、土曜日か日曜日のどちらかに、地元の農家さんや、お惣菜やお菓子屋さん、そして、場所によっては手作りアクセサリー屋さんによるマーケットがある。

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  3. 「第18回 ニュージーランドでのコロナ生活」

    お互いを守る対策 ニュージーランドのコロナウイルスに対しての迅速な対応は、世界中から注目されている。 アーダーン首相率いる政府の判断による厳しいロックダウンのおかげで、8月中旬まで100日間以上、ニュージーランドはコロナの感染はゼロだった(帰国して感染が見つかった人たちを除く)。

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  4. 「第17回 ドロシーさんの思い出と戦争の記憶」

     ドロシーさんとお会いしたのは、二〇一九年の一〇月の終わり頃だった。ドロシーさんは、私が会った中で一番長生きの人だった。家族ぐるみの友人の紹介で、ご自宅にお邪魔すると、自らお茶を入れてもてなしてくれた。

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  5. 「第16回 大学で世界旅行」

    多様な文化の学生と出会う 今回は、留学生の代表の仕事が実際にどんなものだったかを振り返ってみようと思う。 私の大学の学生会には、十一のポジションがあり、それぞれ働く時間数が分かれていた。

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  6. 「第15回 多様性の難しさ」

    理想と違和感 大学三年生になったとき、通っていた大学の学生会(Otago University Students’ Association, OUSA) の留学生代表役員になった(詳しい経緯は第14回「学生会への立候補」を参照)。

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  7. 「英語が話せるようになったとき」 少女のための海外へ出ていく話

    ザンビアで教師として働く 不自由だ、下手だ、どうしてもうまく話せない、と思っていた英語が、話せるようになったじゃないか、と思えるようになった時は2回あって、そのことをよく覚えています。今思えば、2回あった、ということは1回目と2回目はレベルがちがった、ということなんですが。

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  8. 「第14回 学生会への立候補」

    立候補してみない? ニュージーランドはどの大学にも、Student Association (学生団体)というものがある。

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  9. 「第13回 コーヒー豆でつながって」

    ニュージーランドとメキシコがつながる ルーシー財団(The Lucy Foundation、以下TLF)との出会いは、前回書いたロビーさんとの出会いがきっかけだった。ロビーさんはおしゃれな義足を使っている女性で、二〇一四年に、TLFを立ち上げた。

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  10. 「いつでもどこにでも行けるようにみえた」世界が変わるとき」 少女のための海外へ出ていく話

    海外へ出るときに必要なもの 海外は本当に近くなりました。航空券も安くなり、世界中でWi-Fiが使えるようになり、海外からでも気楽にメッセージの交換や、ビデオ電話を使って好きなだけ話ができたりします。インターネットを通じて、自国の情報もいくらでも得ることができます。

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