最新記事

紀伊國屋書店新宿本店 『多様性のレッスン』刊行記念 安積遊歩さん×安積宇宙さんトーク(2019/1/24開催)ほぼ全文書きおこし! その3

(その1はこちらから)
(その2はこちらから)

車椅子に乗る若い女性を政府が表彰

安積遊歩さん 母として自慢なので私から言いますが、彼女(宇宙さん)は昨年(2018年)、多様性と共生に貢献した人として、ニュージーランドの若い五人のうちの一人として、ニュージーランド政府から表彰されました。

 すごいことだと思うんです。

 もちろん彼女もすばらしいと思いますが、滞在数年の、車椅子に乗っている若い女性を、政府が表彰するなんて、感激です。

 彼女は学生自治会役員としても、留学生代表として2400人の学生をまとめる仕事をしたので、そのことも評価されたそうです。一年生の時入っていた寮でも、伝統をつくっていくためにだれかを表彰しようということになり、一年生だった彼女が表彰されたこともありました。

 海外で、第二外国語で生活するのはたいへんなことです。そして、それを認める国のあり方に、私は感動しました。

 若い人の環境に多様性を保証するには、国のあり方、つまり政治の力が本当に大切だと思うんですよね。

 私も、非常に差別的な優生保護法を変えることや、交通バリアフリー法、ハートビル法制定のために、さまざまな行動をしてきました。とにかく私たちの生きやすい場を広めるために、政治に関わってきました。

 学生自治会も、スチューデントポリティシャンと呼んで、投票の仕方もまるでちがっています。ニュージーランドは、投票所が大学にあるそうです。投票した人にはステッカーがもらえる。そして今はニュージーランドの女性の活躍はすごいものがあると思う。そうした政治のあり方、仕組みについて、宇宙から話してもらいます。

紀伊国屋トークショーの様子 その3

母親をえらいと思わなかった

 安積宇宙さん 去年は大学の学生会長も女性だったし、私が通っている大学の学長も女性です。ニュージーランドはいま、首相も女性です。

 アーダーン首相は自分が当選したあとに妊娠がわかって、産休をとりました。結婚していないパートナーと一緒に、子どもを育てています。女性がリーダーシップをとっていくのを周りも支えるから、そういうことが実現する国。日本に帰ってきたら、日本の女性の立場の弱さにびっくりしちゃっている日々です。

 いま一緒に住んでいる中国の友人が、スリランカの人と、中国人の息子と三人で暮らしていました。ある時、中国の友達の家族がみんなで遊びにきた時も、お父さんとお母さんが半分ずつ家事をしていたのです。私が「お父さんえらいね!」と言ったら、「半分ずつしているのにあたりまえじゃん」と言われて。たしかに同じだけ家事をしているのに、お父さんだけえらいと思って、お母さんはえらいと思わなかった自分がいました。自分も、女性の方が多く働いて当然だと思ってしまっていたことが、ショックでした。

 日本に帰ったら、いろんな人の家に泊めてもらって移動しているんですけれど、どの家でもお父さんが動かない(笑)。そのことに今まであまり違和感をもっていなかったのですが、今回は自分の中の変化もあって、気になって気になって仕方がありませんでした。

 

マイノリティーの私はお飾り?

 ニュージーランドの女性は、自分の意見を表明します。自分の意見が大切だ、と思っています。

 学生会の役員として働いた時、大学側とのミーティングに参加すると、私以外は全員白人で、年上の人でした。最初は萎縮しちゃって、自分に意見なんてない、言えることなんてない、と思っていました。マイノリティーの私がいるというだけで、多様性を示すことができている。ある意味、お飾りのように感じていました。
でも、出席しているだけではダメだなあ、このままでは、自分が必要ない存在だと思う気持ちから立ち上がれない、という思いもありました。

 いちばんの味方は、やっぱり自分です。自分で自分を肯定できなかったら、先に進めない。よし、これからは、私はここにいていい存在なんだ、と決めて参加すると、意見が言えるようになりました。すると、「あの意見よかったよ」と言ってくれる人がいたりして。やっぱり、言うことって大切なんだな、と気づいていきました。そういう決断をするチャンスって、日本ではむずかしいんじゃないかな、と思いますよね。日本のことをよくないと言いたいわけじゃないですけど。

 でも、自分の意見を表明することも、必ず可能なことだと思います。私は、意見を言ってきた人たちをたくさん知っていますから。

 ただそれを実行するには、自分の味方が必要です。私はすごくラッキーなことに、私のことを肯定し続けてくれる人たちに囲まれていました。人のことを肯定し続けようと心から思ってくれる人たちが、たくさんいました。

 それでも、他人がかけてくれるうれしい言葉が、なかなか心に落ちてこない時もありますよね。「素敵だよ」とか「よくやってるよ」とか「応援しているよ」とか「そのままでいいんだよ」とか。

 いい言葉ってたくさんあると思うんですけれど、それを受けとめて、それが本当に自分のことだと自覚することって、じつはなかなかむずかしいですよね。それを否定する材料なんて自分の中にはいっぱいあるわけで。でも、自分を否定するのをいったんやめてみて、今この瞬間の関係性の中で、この人はこう思ってくれているんだな、ということを受けとめてみると、私ってこれでいいのかなって思えるようになる。いいのかもって思える瞬間が増えれば増えるほど、幸せなので、この一カ月間、日本に夏休み中で帰国中なんですけど、そういういい言葉をかけてもらうことが多いので。私って最高かも、と思える日々なんです(笑)。

人生に幸せを求めない

 私と遊歩は、まったくちがう育ちを体験してきています。遊歩は30代になるまで、自分を肯定することがありませんでした。今でも、つらさを抱えています。私にもつらさがないわけではないけれど、遊歩の場合は、顎がはずれるようなつらさがいまだに出てきます。60歳になってもそんなつらさを抱えているの、って。それでも生きていけるんだな、ということを知って生きていけることも、よかったなって思います。

 生きている理由って、幸せを見つけるためじゃない、と私は思っています。別に幸せじゃなくても、生きていくことはできる。でも、できれば自分もまわりも、だれかを犠牲にしないかたちで、幸せを生きることがいいのにな、と思うんです。

 とくに東京とかの大都市にある幸せって、たくさんものを買って、おしゃれをして、おいしいものを食べて、いい家に住んでいい車を買って、というものですよね。自分の思い描くライフスタイルを生きることが幸せとされているけど、実際、自分の予想したようなライフスタイルを生きることができる人がどれくらいいるのか、わからないですよね。

 私は一昨年、コロンビアとメキシコと、キューバを旅しました。そこで出会う人は、そんなライフスタイルを夢見ることさえできない、しない状況にいる人たちでした。でも、その人たちだって、もっともっと生きる力をもっていると思いました。生きることに貪欲というか、生きるってどういうことなのかを知っているというか。そうした人々に出会うと、幸せを求めなくても生きていていいんだなと思えました。

 

居心地のよさを貫く生き方

 この東京にある幸せが、消費するだけの幸せだとしたら、消費の先には、だれかがものを作っているわけです。その、ものを作る過程だったり、ものが作られる資源はどこから来ているのかなって考えると、環境が傷ついていたり、だれかが搾取されていたりすることが多いですよね。

 そうした上に成り立っているもので、私は幸せにはなれない、と本当に思っていて。ビーガンと言って、動物性のものを一切食べないことを選択したり、新しい服を買わないとか、シャンプーを使わないとか、できるだけ人を搾取しない生き方を心がけようと思ってるんです。

 でもそうは言っても、この社会に生きていると、まったく搾取に荷担しない生き方というのは無理なことです。私はいい人になりたくて、そういう生き方をしているんじゃなくて、自分の居心地のいいことが、だれかの居心地のよさにつながるようにしたい、と思って選択しています。

 そして、そういう生き方を選べているのは、自分の生き方を貫くことで世界を変えていこうとしている人たち——遊歩もその一人です——が、先頭にいたからこそ、私も続くことができていると思います。

 そこで、遊歩の思い、今まで活動してきた原動力は何か、聞いてみたいと思います。

 

*2019年5月3日、アーダーン首相の婚約が公表されました。(2019/6/18追記)

その4へつづく

 

多様性のレッスン 車いすに乗るピアカウンセラー母娘が答える47のQ&A

関連記事

ページ上部へ戻る