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紀伊國屋書店新宿本店 『多様性のレッスン』刊行記念 安積遊歩さん×安積宇宙さんトーク(2019/1/24開催)ほぼ全文書きおこし! その1

障害者自立運動、二つの側面

安積遊歩さん 私自身が、自分がきらいでした。だから自分が好きになりたいなと思って、30代の時に『ねえ、自分を好きになろうよ!』というタイトルの本を自費出版しました。それに、娘が生まれたあとのことを書き足したのが、今回出版した『自分がきらいなあなたへ』です。

 タイトルを考えるときに、障害者福祉を勉強する学生さんたちの意見を聞きました。1.自分がきらいから自分が好きへ、2.ねえ、自分を好きになろうよ!、3.自分がきらいなあなたへ、の三択で、圧倒的多数が3でした。

 私は、障害をもつ人が、地域の中で暮らせるようになるための運動をしてきました。それは、障害をもつ人が地域で生きる場を獲得して、隔離や排除に満ちたこの社会を変えていく、という運動でもありました。

 その運動には二つの側面がありました。一つは、外部の抑圧から自由になるための闘いです。駅にエレベーターや、障害をもつ人が使えるトイレをつけたり(今は多目的トイレと言いますけれど)、バスにリフトをつけてきました。これらは、それなりに成功してきました。
 もう一つは、内なる闘いです。自分のことを好きになれないことと、どう折り合いをつけていくか。ピアカウンセリングという方法を使って、いろんなことをやってきました。

 ピアカウンセリングとは、同じ境遇や立場にある人がピア(仲間)となって、時間や 思いを分かち合い、聞き合うことで、それぞれの目標に近づいていくための方法です。 もともと一九六〇年代のアメリカで、アルコール依存の人たちの助け合う関係(自助グループ)から、始まったと言われています。 自分の人生を専門家に一任するのではなく、当事者が、自分の力や権利を取り戻して いくために有効な方法として、一九七〇年代のアメリカでいろんな分野に使われていきました。(『多様性のレッスン』より)

紀伊国屋書店イベントの様子

ピアカウンセリングを全国へ

 1986年、八王子に日本初の自立生活センターを作りました。そこでピアカウンセリングを全国に広げながら、私自身が自分自身を好きになる、つまり肯定するための闘いをずっと続けてきました。
 自分を好きになることは、仲間たちが、それぞれに自分自身を好きになることを応援することでもあります。つまり聞き合うことで、互いに自分を肯定するための力を、応援しあうのです。

 この社会のさまざまな抑圧に対抗するためには、自分を好きになること、自分が生まれてきてよかったと肯定できることが、いちばん大切なことです。自分のことを非難したり批判したり、きらいでいると、そこにものすごくエネルギーをとられますから。
 それを本当に、心の底から理解できたときに、生涯の計画にまったくなかった娘の妊娠がわかりました。

 自分の子どもを生むというより、この世の中に自分の同志を生む、という思いでした。

 この社会はあまりに均質性に満ちていて、つまらない、ちょっとでも違いがあると排除や隔離の手段をとる世界に、私には見えていました。なので、この世界を変える同志を生もうと思って、彼女を迎えました。1996年のことです。

 

優生保護法を変えたい

 かつて、優生保護法という法律がありました。障害をもった人は生まれてこないほうがいい、障害をもつ人は子どもを産んではいけないことにしよう、というおそろしい法律です。

 私はこの法律を変えたい、と心ひそかに願いながら、でもそんなことぜったいにできるわけないと、ずっと思っていました。10代のときは自分のこともきらいだし、この法律もきらいだし、夢も希望もありませんでした。

 でも20代の終わりに障害者運動に出会って、私のたった一回しかない人生なのだから、この法律を変えられるくらいがんばろう、と思えるようになりました。

 1994年に人口開発世界会議というのがエジプトのカイロで開かれました。そこに行く機会を得た私は、世界中から集まった2000人に向かって、つたない英語でしたが日本の優生保護法についてスピーチしました。

 次の日のアラビア語の新聞に、「日本から、子宮をとられた女性、車いすに乗って差別的な法律に対して抗議する」と載りました。実際には私は手術を受けていないのですが。その2年後、優生保護法は変わりました。それはもちろん、私ひとりの力でできたことではまったくありません。障害をもつ仲間たち、もたない仲間たちが一緒に闘ってくれた結果です。法律が変わった96年というのは、娘を生んだ年でもありました。

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多様性のレッスン 車いすに乗るピアカウンセラー母娘が答える47のQ&A

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