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「いつでもどこにでも行けるようにみえた」世界が変わるとき」 少女のための海外へ出ていく話

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海外へ出るときに必要なもの

 海外は本当に近くなりました。航空券も安くなり、世界中でWi-Fiが使えるようになり、海外からでも気楽にメッセージの交換や、ビデオ電話を使って好きなだけ話ができたりします。インターネットを通じて、自国の情報もいくらでも得ることができます。気楽に海外に行ける時代になりました……とは言え、やはり、自国でないところ、海外は海外。一旦海外に出るとは、帰りたい時に帰れなくなることがある、ということも意味します。
 世界には国境などないようにみえていても、厳然たる国境があり、一旦パスポートを持って自国の外に出るとは、帰れなくなることがありうる、ということだし、また、いつでもどこでも行ける、と思っていても、国境を超えて移動できなくなることもある、ということです。空港の電光掲示板を眺める女性

 やっぱり国内を動くことと比べて、海外に出ることには「覚悟」がいります。
 新型コロナウィルス感染が世界中に広がっている2020年3月終盤に、この原稿を書いています 。「いつでもどこにでも行けるようにみえた」世界が、一気に変わっていきます。
 出入国制限がかかり、ビザがおりなくなり、帰国しても、滞在先によっては2週間、しかるべき施設、あるいは自宅で様子をみる、ということも始まっています。EU(European Union:欧州連合)はヨーロッパ27カ国(今年2020年にイギリスが離脱を表明するまで長く28カ国でした)の加盟する共同体で、ほとんどの国はシェンゲン圏とよばれ、パスポートなしで自由に国境を超えて往来できるようになっていました。
 第一次世界大戦と第二次世界大戦で甚大な人的物的被害を経験し、こういうことは二度と起こしてはならない、なんとか一つのヨーロッパ、として機能させたい、というヨーロッパの願いの現れ、ともいえるEUです。そのEUのシンボルでもあったシェンゲン圏の自由な往来が、このコロナウィルス感染によって、できなくなってきています。多くの国が国境を閉ざしているのです。シェンゲン圏でもこのようになっていますから、他の国の往来は、現在、もっと難しくなっているのです。
 いつでもどこでも行けるし、いつどこにいても、飛行機にさえ乗れば自分の国に帰れる、という状況が、あっという間に変わってしまうことを、私たちは2020年3月末、日々、目の当たりにしているのです。これは、感染症による「非常事態」です。このような非常事態としては、感染症以外にも、予想できない天災、戦争や内戦などが考えられます。
 海外に気楽に行けるようになり、情報も入りやすくなっているとはいえ、いざ、パスポートを持って海外に行っている場合は自分で的確に判断して動かないと、どこで足止めされるかわからない、ということ。海外に行くとは、なにがあるかわからない、ということを「覚悟」するほかに、そのときそのときにできる限りの的確な情報を収集して、適切な判断を下していく「覚悟」も必要とされます。

帰国できるだけの現金をもっておく

 私の周囲だけでも2020年2月から3月にかけて海外渡航をめぐる状況は一変しました。
 若い友人の一人は、2月にイタリアに出張していました。野菜の見本市に出たり、野菜農家を尋ねたりする仕事で、ほぼイタリア全土を動いて2週間の出張を終えます。ぴかぴかのトマトやパプリカの写真やそれを使った料理の写真をたくさん見せてもらって、イタリアって素敵ね、仕事とはいえ、楽しそうね、と言っていましたが、帰国後ひと月も経たないうちに、イタリアはコロナウィルス感染による死者が最も多い国となり、イタリアに渡航できる状況ではなくなりました。「いい時に出張できたと思う。もう今年中は出張できないかもしれない」と友人は言います。いつでも行ける、というわけではないのです。
 大学の同僚はフランスに行っていました。パリに1年住んでいたこともあり、フランスの事情をよく知る人です。3月初めには「パリはマスクをしている人も少ないし、普通にどこの店も開いている」と言っていましたが、そうこうしているうちに、3月15日から、日本政府が韓国からの入国者に2週間の待機を要請するようになりました。彼女は、ソウル経由のパリ往復のチケットをもっていましたので、これは困る、と判断し、急遽、全日空の直行便の帰りのチケットを買い直して、帰国しました。帰国した3月半ばの翌日から、パリは外出禁止となり、「ぎりぎりのかけこみでした」と言っています。突然のチケットの買い直しは出費を伴いますが、そういう判断をしなければならない時もあります。
 いまはクレジットカードでチケットも買えますが、通信系統にトラブルが出たら使えなくなる可能性もあります。わたしもいつも海外に出るときは「いざという時に日本に一番早く帰れそうなチケットを買えるだけの現金」は手元に持つようにしています。逆に言えば、海外にいる時に、常に持っておかねばならない、と思われる現金の額はそのくらい、ということでしょうか。外国紙幣

だったら海外なんて行かないほうがいい?

 3月に東アフリカのタンザニアに調査に行っていた同僚にも、気をつけて行ってきてね、くらいの感じで送り出したのですが、こちらも3月半ばをすぎると、状況が変わってきます。彼女の持っていたチケットはカタール航空で、ヨーロッパもソウルも経由しませんので、問題なく帰れそうでしたが、予定を早めて帰国しました。無事帰ることができたのですが、3月26日にはカタール航空自体が彼女の関係するフライトを中止してしまったようで、こちらも間一髪で帰国した、ということになります。
 3月18日には西アフリカのカメルーンが陸空海のすべての国境を2週間閉鎖する、と発表し、日本から調査などで渡航している人が、出国できなくなりました。カメルーンで働いている知人は、何があってもしばらくは日本に帰国できないという状況です。
 国境閉鎖しないまでも、一旦出国すると戻れなくなる国もたくさんでてきています。現在海外で長期に仕事をしたり、勉強をしたりしている人は、いったん日本に帰ると現地に戻れなくなりますから、一時帰国はせずに、今いるところにいるしかない、という状況です。国際協力に携わっている仲間がたくさんいるのですが、短期渡航はできなくなり、仕事が止まってしまっています。個人的な新婚旅行や、観光をとりやめた、という話はもう、枚挙にいとまがありません。私自身5月末にジュネーブ、夏にはエルサルバドル渡航を計画していますが、今はどうなるかわかりません。
 こんなに急に状況が変わってしまうことがあり、「覚悟」がもとめられる海外渡航です。そんなに「覚悟」がいるのなら、このコロナ感染が終息したあとからも、できるだけ海外に行かないようにした方がいいのでしょうか。
 この原稿を読んでくださっているあなたは、「海外に出ていくこと」に興味を持っておられる方だと思うのですが、そういう人は、こういう状況をみて、「やっぱりこれからは海外に行くのはやめておこう」とは思わないのではないかと思います。文化の異なる人との関わり、知らない土地への憧れ、異なる言語への興味、異なる環境に置かれることでみえてくる自分の新しい側面……それらの魅力はおそらく、人間の住むこの世界をよりよいものにしていこうという願いと、コインの裏表のように存在するもので、何があってもあまり変わりません。
 若いあなたはいま、学校が休みになったり、外出が制限されたり、いつもと違う日々を過ごすことを余儀なくされていると思います。このようなときこそ、普段読まなかった本をたくさん読み、人間がやってきたこと、様々な歴史などについて学んでもらいたいと思います。いざという時の「覚悟」は、一人でいる時間の、深い学びと思索によって醸成されるものだと思うからです。

三砂ちづるプロフィール画像


三砂ちづる (みさご・ちづる)

 1958年山口県生まれ。兵庫県西宮育ち。津田塾大学国際関係学科教授、作家。京都薬科大学卒業、ロンドン大学Ph.D.(疫学)。著書に『オニババ化する女たち』、『昔の女性はできていた』、『月の小屋』、『女が女になること』、『女たちが、なにか、おかしい』、『死にゆく人のかたわらで』、『五感を育てるおむつなし育児』、『少女のための性の話』、訳書にフレイレ『被抑圧者の教育学』、共著に『家で生まれて家で死ぬ』他多数。
 

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