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「第19回 「宗教は?」と聞かれたら」 少女のための海外へ出ていく話

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クリスマスはどう過ごす?

 クリスマスを待つ、アドベント、とよばれる季節にこの原稿を書いています。だんだん冬らしくなり、今年もあと数える程の日にちとなるこの季節に、クリスマスを待つことは特別な喜びがあるように思います。
 クリスマスは、もちろん、イエス・キリストの誕生日を祝う日、です。
 あなたは信仰を持っておられますか? キリスト教徒です、という方もおいででしょうし、仏教、神道など、熱心な信徒である方もおいでかもしれません。
 でも日本に住まい、日本語を話すほとんどの人たちは、あまり熱心に信仰を持っている、と感じていないのではないでしょうか。それでも、クリスマスは祝う人が多いでしょう。キリスト教徒でもないのに、お祭り騒ぎはおかしい、と思う方もあるかもしれませんが、キリスト教徒でなくても、愛を説いたイエス・キリストの生誕を祝い、美しいイルミネーションの光に包まれ、家族や愛する人との時間を大切にするクリスマスを、信仰は持たなくても現実に、多くの人が祝うことは、とても素敵なことだと思います。
 特に信仰を持たずにクリスマスを祝ったあと、一週間も経たないうちに、新年を迎えます。お正月には、神社に初詣に行くかもしれませんね。クリスマスを祝ったあと、新年は神社に行く。別にその思いに矛盾はないのが、多くの日本の人の感覚ではないでしょうか。初詣をする着物の女性

 どなたかが亡くなったりすると、仏教式のお葬式が、やはり、一番多くなります。誰かが生まれると、今度はまた神社にお参りしますね。七五三のお祝いなども神社でやる人が多いでしょう。

神社とお寺の宗教は?

 日本で暮らしていると、神社とお寺は、以前より疎遠になったとは言え、まだまだ身近なものです。ところが神社とお寺は、同じ宗教ではありません。神社は神道、お寺は仏教、です。
 仏教は、歴史の教科書で習ったように、6世紀にインドから中国を経て日本に伝えられた外来宗教の一つです。外来の宗教とは言え、多くの後世に名を残す僧侶が次々と現れた鎌倉時代を経て、すっかり日本の土着の宗教になっていると言えますが、もとはと言えば、インドでブッダ、つまりはゴーダマ・シッダールタのもとに開かれた宗教であることは、ご存知ですね。
 いっぽう神道は、外来の宗教ではなく、日本という国の由来となった、日本土着の宗教です。お寺と神社ではお祀りしている本体が全く違うのです。
 多くの外国の方にとって、神社の鳥居は日本のシンボルのように感じられているようですが、神社とお寺の見分けはついていないと思います。でもいま、日本人でも神社とお寺の違いが明確にわからない人は、増えているかもしれません。
 つまり仏教と神道とキリスト教が、あるいは、その宗教に関わるイベントが、大した矛盾なく共存しているのが、日本の暮らしのようです。京都府 八坂の塔 雪景色

日本人は「無宗教」?

 いったん海外に出ると宗教はなんですか、と問われる機会が増えます。
 そんなふうに問われると、日本人は「無宗教です」、「信仰は持っていません」、「宗教とは関わりがありません」というような答え方をする人が多い。実際に、冒頭に書いたように、自分はクリスチャンである、とか仏教徒である、という、はっきりした信仰を持っている人の方が日本では少ないので、つい「無宗教です」と答える人が多いと思います。
 でも日本の人は、「無宗教」なのでしょうか。「無宗教です」と言いながら、神社に足しげく通い(初詣や、観光、パワースポットめぐり、などで)、葬儀や法事でお寺に集まり、結婚式やクリスマスではキリスト教に親和性を持つわたしたちは、本当に「無宗教」なのでしょうか。
  日本人は、「この神様を信じています」というような確固とした信仰を持っている人はあまり多くないかもしれません。しかしいわゆる「宗教心」と言いましょうか「信仰心」と言いましょうか、なにか自分より大きな存在に自分を委ねる、あるいは、自分の力が及ばないものに対して敬意を表する、といった気持ちが、とても強い人たちではないか、とわたしは思います。

お天道様が見ているから…

 鶴見和子さん(1918-2006)、という社会学者(内発的発展論などを展開しました。興味をもってくださった方は著書を検索してみてください)は、外国の人から「あなたの宗教はなんですか」と聞かれたら、「アニミズムです、と答える」、とおっしゃっていたといいます。
 アニミズムとは簡単に言えば、自然崇拝、ということでしょうか。山川草木すべてに神が宿り、自然のあり方をうやまう、というような考え方です。
 最近はあまり言わなくなりましたが、「お天道様が見ているから」という言い方を昔はよくしたものです。お天道様とは、お日様のこと。つまり、誰も見ていないようでも、お天道様がみておられる。だから人知れずいいことをしたとき、誰も褒めてくれなくても、お天道様がみてくれている。あるいは、人が見ていないからといって、なんでもしていいわけではないよ、お天道様はみているからね、という言い方があったのです。すべてのことに神が宿る、という感覚は、まだ、多くの日本人が持っていると思います。

立つ鳥跡を濁さず

 先日、日本を訪れる外国人向けの、日本人はどういうことを気にしているのか、気にしていないのか、というパンフレットをみていたら「日本人は、自分のいたところを去るときに、そこをきれいにして去りたい、という気持ちがあります。“立つ鳥跡を濁さず”、という言い方もあります」というようなことが書いてありました。湖の上を飛ぶ鳥の群れ 「立つ鳥跡を濁さず」……確かに言いますね。自分が使ったトイレ、外出先で自分が座った椅子、自分が着席していたスタジアムの観客席。そこを汚したまま立ち去ってよい、と考える人はあまりいない。自分が立ち上がった時に、そこが次の人のためになるべくきれいであるように、と、自然に整えるものではないでしょうか。
 これは世界中でそうであるとは言えず、自分のいた席を汚したまま、平気で立ち去る人が多いところもあることに、海外に出ると気づくかもしれません。こうした、「自分のいたところをできるだけきれいにして立ち去りたい」という感覚は、「どこにでも神が宿る」と言った感覚と無縁ではない、と思えます。
 さて、あなたの宗教はなんですか、と聞かれたら、あなたはなんと答えるでしょうか。この宗教、というような確固たる信仰を持っているわけではなくても、自分より大きな存在、自分の力の及ばない存在については、意識することが少なくないのではないでしょうか。
 わたしたちは、日本の暮らしの中で、土着の宗教や、外来の宗教など、様々な宗教のイベントに矛盾なく囲まれて過ごしています。
 日本人は、宗教をとても大切にする、宗教心のある人たちだと思います。宗教に対してもとても寛容で、信仰をもつ人の思いも大切にできると思います。
 あなたは何を信仰していますか、と聞かれて、「これです、とうまくこたえられないのですけれど……」と言った答えを、外国語で用意できるようになるには、かなりの勉強が必要なのかもしれません。

三砂ちづるプロフィール画像
三砂ちづる (みさご・ちづる)

 1958年山口県生まれ。兵庫県西宮育ち。津田塾大学国際関係学科教授、作家。京都薬科大学卒業、ロンドン大学Ph.D.(疫学)。著書に『オニババ化する女たち』、『昔の女性はできていた』、『月の小屋』、『女が女になること』、『女たちが、なにか、おかしい』、『死にゆく人のかたわらで』、『五感を育てるおむつなし育児』、『少女のための性の話』、訳書にフレイレ『被抑圧者の教育学』、共著に『家で生まれて家で死ぬ』他多数。
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