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連続ワークショップ「スウェーデンの“分けない”教育~not Divide but Share~」をふりかえる | 田中 理恵

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社会と教室を”分けない”ことで生まれる学び
(筆:田中 理恵 北欧の教育・学びLilla Turen / Nordic Inspirationsプロジェクトマネージャー)

 

はじめに

 少子高齢化や不況を乗り越え、急成長を遂げる北欧の高福祉国家・スウェーデン。ワークライフバランスを保ちながら経済成長、多文化共生、持続可能性を同時に実現できる理由とは? その問いを探るべく、スウェーデンの教育制度を掘り下げた書籍、『みんなの教育-スウェーデンの「人を育てる」国家戦略』(ミツイパブリッシング)が2018 年3月に上梓されました。

 キーワードは、「みんなの教育」=「分けない教育」。学校と実社会、戸外と室内を分けない、社会経済的な背景・性別・人種・宗教などで子どもたちを分けない、ライフステージによって分けない……。

 「分けない」ことで生まれる学びのあり方を掘り下げ、これからの日本の教育へのヒントを探っています。

 北欧の教育・学び情報を発信するLilla Turen(末尾で活動紹介)は、2018 年5月~ 11 月にかけて、本書と連動する形で「スウェーデンの“分けない”教育 ~ not Divide but Share ~」と題した連続ワークショップを開催。各章を執筆された5人の先生方をゲストにお招きし、日本や個人の文脈で活かせるエッセンスをさらに引き出すことを目指しました。

 ここでは、ワークショップの内容と参加された皆さんの様子についてご紹介させていただきます。

ワークショップの様子

ワークショップの様子

就学前からの起業家精神教育

 連続ワークショップ第1回目のゲストは、起業家精神教育を研究される川崎一彦氏。「起業家精神教育」とは、一体何を育む教育なのか? そして就学前からその力を育むことの意義について、事例を交えながらそのコンセプトについてご説明いただきました。

 日本で「起業家精神」というと、自ら事業を興す人(外的起業家精神)をイメージしがちです。これに対し、スウェーデンで重視されるのは、「創造性、自己効力感、柔軟性、勇気、イニシアティブ、協調性」といった、心のあり方(内的起業家精神)。「自分で考え判断させる」「学ぶモチベーションを大事にする」「実社会との壁を取り除く」ことが重要で、スウェーデンのプレスクールや小中学校の指導要領の中には、「(内的)起業家精神」を養うべき旨が記載されているそうです。

 また、起業家精神を育成する事例として、スウェーデン南部の都市ヘルシンボリ市のプレスクールでの実践事例(学びのコンテンツモデル、子どもたちの考えたことが反映される都市計画)等もご紹介いただきました。

学校は社会のミニチュア(インクルーシブ教育)

 連続ワークショップ第2回目のゲストは、スウェーデンの高校で教壇に立つアールベリエル松井久子氏。「分けない= インクルーシブ」な学校教育のあり方について、教師として、そして3人の子を育てる母親としての目線から、スウェーデンと日本の教育現場の違いを語っていただきました。

 移民の多いスウェーデンでは学童期の生徒も多様な背景を持っており、まさに学校が社会のミニチュア。各市で就学前学校から高校まで母語の授業を受ける権利が保証されており、スウェーデン語以外の母語を持つ生徒のための授業(現在34 カ国語の授業)を実施しているそうです。また、生徒を子ども扱いするのではなく、大人と対等に生徒の意見や権利を尊重するスウェーデンの姿を象徴するエピソードも。生徒会で挙げられるリクエストは、次年度の学校運営に反映されるそうで、まさにリアルな民主主義を実践しながら学ぶ様子が伺われます。

ルールはみんなで作るもの(主権者・民主主義教育)

 連続ワークショップ第3回目のゲストは、スウェーデンの主権者教育を研究される鈴木賢志氏。スウェーデン社会の民主主義教育の様子をご紹介いただきました。

 スウェーデンにおける選挙での投票率は8割超。一人一人が社会課題を「自分ごと」として捉え、日常生活の中で家族や友人と議論をし、投票を通して社会に影響を与える土壌が育まれています。その背景には、「自分たちが勉強することを自分たちで決める」という内容まで踏み込んだスウェーデンの学習指導要領や、「子どもたちに “教える”のではなく、やる気を引き出し“誘導する”」教師のあり方が大きく関わっています。

 また、スウェーデンの小学校中学年(4~6年生)向けの社会科の教科書でも、「社会とは何かということを、あなたは深く考えたことがあるでしょうか」という問いかけから始まり、「全ての社会は変化する。規範が変わることもある」と続け、社会に影響を与えるためのマインドと具体的なプロセスを伝えているという驚きの内容が紹介されました。

 さらに、中学生や高校生になると参加する「学校選挙」では、実際の政党に対して模擬投票を行うとのこと。「あの学校は左派だ、右派だ」という話が生徒たちの間で普通に交わされ、選挙後も選挙の話で持ちきりになるそうです。

ライフステージで分けない、学びの機会(リカレント教育)

 連続ワークショップ第4回目のゲストは、リカレント教育を研究される澤野由紀子氏。

 最近日本でも取り上げられる「リカレント教育」(生涯にわたって教育と就労を交互に行うことを勧める教育システム)。この言葉は、スウェーデン語の「オーテルコマンデ・ウートビルドニング(återkommande utbildning=“繰り返し流れを変える”の意)」に端を発しているのだそうです。スウェーデンでは、失業率が大幅に上昇した時期に、失業者のセーフティネットとしての学び直しを推進したところから急速に浸透。その後、専門的なスキル向上に特化した職業教育へと移行し、徐々にスキルアップのための学び直しに変化していった背景があります。

 スウェーデンにおける25 歳以上の大学入学者の割合は25.9%(日本では1.9%)、全大学生の平均年齢は29.1 歳。これは、大人が仕事や子育てをしながら学び続けられる仕組みが社会全体に浸透していることを象徴しています。

 またこのような仕組みと合わせて、スウェーデンの保育園の先生方は「自分たちが生涯学習の基礎を担っている」という意識が非常に強いというお話も。就学前教育の最前線にいる保育園の先生が、教育システム全体を見据えて日々の保育をしている様子に、会場の皆さんも興味深く耳を傾けていました。

戸外と教室をつなぐ、アウトドア教育

 連続ワークショップ第5回目のゲストは、北欧のアウトドア教育を研究される西浦和樹氏。スウェーデンでアウトドア教育を実践されているカリーナ・ブレイジ氏も同時期に来日されており、一緒にご登壇いただきました。

 カリーナ氏がアウトドア教育の研究を始めた頃は、スウェーデンでもアウトドア教育がまだ浸透していない時代。当初は親御さんからも、教室の中で授業をしてほしいと反対されたそうですが、徐々にアウトドアで学習する効果が明らかに。今では、運動神経の発達や集中力・学力向上に結びつく研究結果が数多く示されています。

 西浦氏によると、アウトドアで学ぶと「なぜ」を使い、問いを立てる機会が増えるそう。気づきを起点に、問いを立て、仮説を立て、調べ、分け、マッピングする。幼児期から習慣化されるこのような「深く考える」プロセスは、昨今問題解決のプロセスとして取り上げられる「デザイン思考」のプロセスと同じ、との指摘がありました。

 また興味深かったのは、雪降る寒い屋外に張られたテントの中で、火を囲みながら輪になる子供達の写真の話。スウェーデン人はこのテント活動で「価値観を育む」そうです(同じ写真を見て日本人の多くは「みんな仲良くお話している」と答えるようですが)。話し合い、合意形成するという、日本人が最も苦手とする民主主義的な学びを、スウェーデン人はテントの中でもおこなっているそうです。

全体を通して

 本連続ワークショップには、運営ボランティアも含め述べ200 人を超える方々にご参加いただきました(うち3割程度はリピーター)。教師や教育関連企業でお勤めの教育関係者を中心に、子育て中の保護者や人事担当者、学生の方まで、様々な職種・年齢の方々が対話を通して、これからの学びのあり方を探っていく場となりました。

 全体を通じてスウェーデン人留学生など多様なゲストからスウェーデンと日本の違いや共通点の紹介があったり、参加者の方々から鋭い論点の質問が上がったりと、参加者同士の前向きかつ活発な議論が印象的でした。ワークショップ終了後も先生や参加者同士が意見交換されていて、運営側としても毎回そのエネルギーの高さに驚かされました。

おわりに

 全回を通して印象的だったのは、自分と異なる者への「寛容さ」がスウェーデン社会全体に浸透していること。

 そしてその根底にはいつも、皆で社会を作り上げようという「民主主義」的な価値観が流れていることです。失敗や批判を恐れず自分の考えを表現しつつ、他人の意見にも耳を傾け、お互いの理解を深めていこうとするスウェーデンの人々。幼い頃から社会全体を学びの場とし、問いを立て深く考える心を養いながら、時代や人生の流れに応じた自分にとってベストな人生を切り拓いていく姿。そしてその個人の自由を支える社会の仕組み。本ワークショップを通じて、個を尊重しながら連帯感を育むスウェーデン社会の一端を垣間見ることができました。

 また私個人の生活でも「分けない」ことをより強く意識するように。特に最小単位の共同体である家庭は、まさに社会の縮図。子供や夫と議論を重ねることで合意形成を積み重ねていく子育ては、親の根気と時間が必要だけれど、その時間を経てこそ自ら人生の舵がとれるような人間性が身につくのではないかと感じています。

 日本の教育を否定するのでなく、北欧(今回はスウェーデンですが)の教育から日本はさらに何を学べるのか。

 本ワークショップが少しでも日本の教育をよりよいものにするためのきっかけとなっていれば幸いです。

【北欧の教育・学びLilla Turen( リラ・トゥーレン) の活動紹介】
北欧の教育・学びにまつわる情報をウェブサイトやワークショップを通して発信しています。「個性を伸ばす」「創造力を育む」「他者と共に未来を描き、実現に向けて協働する」など、日本とは少し異なるアプローチをとる北欧の教育を掘り下げ、これからの学びのあり方を考えるコミュニティとなっています。
Lilla Turen とは、スウェーデン語で「小さな旅」。いつもと違う場所に身を置くことで得られる新たな視点や、当たり前と思っていたことを別の角度から見つめ直すきっかけをお届けできればと考えて活動しています。
http://lillaturen.com/

*本稿は「ビョルク 第140・141合併号」(スウェーデン交流センター、2019年1月)掲載のテキストを転載させていただきました。

みんなの教育 スウェーデンの「人を育てる」国家戦略

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