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「第3回 楽しい夜は、危険地帯」

なつかしい未来の国からバナー_青空と一本の木

ハリウッド青春映画と言えば

 海外の高校って聞いたら、どんなことを思い浮かべるだろうか。

 高校生を描いたハリウッド映画の中によく出てくる、プロムやボールと呼ばれるパーティーがある。企画するのは学生たちで作られる実行員だ。高校に入学した時は、その存在を知らなかったのだけれど、ほぼ一年中、みんなが楽しみにしている大イベントなので、入学後すぐにそのパーティーのことを知った。

私が通った高校は、スポーツ以外、放課後の活動も少ないし、町の中で高校生たちが遊ぶ場所もほとんどないので、パーティへの生徒たちの期待度は、とても高い。

 参加するには、ペアでチケットを買う。私の学校は友だち同士でもペアチケットを買えたけれど、中にはカップルでないと、チケットを買えない学校もあると聞いた。チケットの値段は、私の学校では40ドルくらいだった。

 というわけで、このパーティは気になっている人に声をかける一大チャンスなのだ。

 ボールの二カ月くらい前から、教室の中は「どんなドレス着るの!?」「こんなドレスを探しているんだけれど、なかなかないんだよね」と、当日着るドレスの話でもちきり。みんなが楽しみにしているようすを見て私もだんだんわくわくしてきた。

 地元の服を売っているお店にはあまり種類がないので、わざわざ三時間くらいドライブして、オークランドまでドレスを買いに行く同級生たちも多かった。私はと言うと、わざわざ日本のネットショップで気に入ったのを探して、ドレスを取り寄せて準備した。

ラグビー風景

ニュージーランドと言えばラグビー。友達の試合観戦にも行った。

 一年生のころは、高校になじみきれない感じがあった。それでも一緒に過ごす友だちもできて、気になる男の子もいた。

 ニュージーランドの高校は、一学期に五、六つくらいの科目を自分で選択する。私は、英語、数学、生物、地理、メディアスタディーと保健の授業を取っていた。

 気になっていた彼、ジェイミーとは保健の授業が一緒だった。今思えば、日本という遠い国からの留学生で、しかも車椅子に乗っている私が珍しかったのかもしれないが、初めての授業の時、私の方をじーっと見ていた。視線を感じて振り返るたびに目が合うと、ニコッとほほえむその笑顔が、素敵だった。

 ボールのチケットを買う時期になって、毎朝一緒に通学していたカオリに「誰か一緒に行ってみたい人いる?」と聞かれた。ジェイミーの顔が思い浮かびつつも、自分で誘う勇気はなくて、「とくにいないよ」と答えた。カオリも、特定の人がいる訳でもないと言うので、カオリと一緒にチケットを買うことにした。

 ボールには毎年、テーマがある。そのテーマに沿って、パーティー会場がデコレーションされ、私たちも着飾るのだ。チケット代は、会場のデコレーションや、飲み物、食べ物や音楽を用意するのに使われる。

 高校一年目のボールのテーマは、「バリの一夜」だった。

 

準備も楽しい時間

 ニュージーランドの学校は、小学校から高校まで、四学期制だ。西欧の国々と同じで、秋始まりなのだけれど、南半球で季節が反対だから、新学期は一月下旬、ここダニーデンの季節感では夏の終わり頃から始まる。そして、一学期一〇週間ごとに、二週間の休みがある。

 ボールは、だいたいどこの学校も、三学期のはじめ、七月の終わり頃に行われる。ニュージーランドは小さい国のイメージがある人も多いだろうけれど、日本の本州から九州くらいの広さがあり、島のどこにいるかで気候はかなり違う。今私が住んでいるダニーデンでいえば、七月は冬のど真ん中だけれど、高校の頃住んでいたフィティアンガでは、冬が始まったばかり、というくらいの気候だった。

 ボールの会場のドアが開くのは夜六時半。それなのに、朝からカオリの家に友だち数人と集まって、お互いに化粧をしたり、髪を巻いたりして、準備にたっぷり時間をかけた。たくさん話も聞いていたけれど、実際に当日になるとどんな夜になるか想像がつかず、期待で胸いっぱいになりながら準備する時間が楽しかった。

ボール会場

ボール会場。爆音で当時流行りの音楽をDJが流していた。

ダンスパーティーのチケット

ボールのチケット。テーマは「パリの一夜」。

 それまでも、何度もカオリとお互いの家でお泊まり会をして、どのくらい化粧を濃くするかの研究もした。カオリのホームステイの家には小さな子どもが二人いたので、夜中まで起きている時は、声のトーンを落として静かに過ごすように気をつけたことも、よく覚えている。とにかく高校生にとって、ボールは年に一度の、大イベントなのだった。

 いよいよ始まる時間が近づいてきた。そのとき一緒に住んでいた年上の友だちが、私とカオリを会場まで車で送ってくれた。冬の始まりに薄いドレスだったのに、寒さも忘れるくらい高揚していた。

 中には真っ白なリムジンカーを予約して、まるで結婚式の主役のようにやってくる女の子たちもいた。それぞれがきらびやかに着飾って、どの子も、いつもの制服姿からは想像できないくらいに変身していた。

 私の高校は、小学校からの公立一貫校だった。小学校から、このボールのミニチュアバージョンみたいなのがあって慣れている子たちもいたけれど、私もカオリも初めて参加するこのイベントに、少し緊張しながら、会場に入っていった。ずっと楽しみにしていたけれど、日常生活の中で学校が居心地がよくないときもあったので、このパーティに参加すること自体、私たちにとっては大きな挑戦だった。

 

車椅子で踊れる?

 初めて参加するダンスパーティで、車椅子で踊れるのか、どういう風に過ごせるのか、まったく想像できなかった。

 みんな背が高いから、視界に消えてぶつかったりしたら、骨が折れてしまうかもしれない。危険なことがあるかもしれないと思ったのも、緊張の理由だった。

 だけど、いざパーティが始まるとそんな心配も全くなくて、車椅子に乗ったまま、踊り通した。押してもらうのではなくって、人と手をつなぐことで動いた。くるくる人の間を行ったり来たり、チョウチョになったような気分だった。

 普段一緒に過ごす友だちの、いつもは見ないような表情を垣間見たり、お互いの動きを真似したりして、リズムに乗って体を動かすのは新鮮で、快感だった。そして、学校にいる時は、関わらない子たちとも一緒に踊ったりして、高校中のみんなと楽しい時間を過ごせることも、ボールの魅力の一つだった。

 会場をぐるぐる回る中で、ジェイミーがよく一緒にいるグループの男の子たちを見つけた。私の気持ちを知っていたカオリが、「近づく?」と言って一緒に移動してくれた。輪の中にはジェイミーがいた。すると近づいた私を、彼がひょいっと抱っこして、一緒に踊ったのだ。

 ジェイミーにまさか抱っこしされるなんて想像もしていなかったので、とってもドキドキだった。後日、ジェイミーが、フェイスブックの彼のプロフィール写真を、私と写ったこの日の写真に変えた。それを知った時は、恥ずかしいやら嬉しいやら、いろんな気持ちになった。と言っても、残念ながら、彼とはこのあともときどき話すくらいのものだった。

ジェイミーと宇宙

二人とも、一六歳。

 高校生なのでパーティでの飲酒はもちろん禁止だけど、中にはスーツやドレスの中にお酒を隠して、先生たちが作った飲み物の中にそれを混ぜて飲む子たちもいる。終わったあともだれかの家に集まって、お酒ありのパーティーを続ける子も多かった。

 若い人たちの飲酒問題は、どこの国にだってある。ニュージーランドは飲酒が一八歳から許されていて、実際に一四歳ぐらいから飲み始める人もいる。ニュージーランドはとても平和な国として知られているけれど、子どもの飲酒問題や、お酒がからんで起きる性暴力などは多くの国と同じように、大きな社会問題になっている。

 こうして高校生活の一大イベントは、普段は見ない同級生や先輩たちの一面と出会えた、期待を裏切らない夜だった。静かだと見られていた私もパーティで楽しむことだってあるっていうのをみんなが知ったことで、お互いの距離感が少し、縮まった気がした。

 それまでは、身近な友達の輪の外ではあまり安心ができなかったけれど、このボールの日から、安全圏が広がったように思う。

 

安積宇宙プロフィール画像_ニット帽
安積宇宙(あさか・うみ)
1996年東京都生まれ。母の体の特徴を受け継ぎ、生まれつき骨が弱く車椅子を使って生活している。 小学校2年生から学校に行かないことを決め、父が運営していたフリースクールに通う。ニュージーランドのオタゴ大学に初めての車椅子に乗った正規の留学生として入学し、社会福祉を専攻中。大学三年次に学生会の中で留学生の代表という役員を務める。同年、ニュージーランドの若者省から「多様性と共生賞」を受賞。共著に『多様性のレッスン 車いすに乗るピアカウンセラー母娘が答える47のQ&A』(ミツイパブリッシング)。
Twitter: @asakaocean

 

多様性のレッスン 車いすに乗るピアカウンセラー母娘が答える47のQ&A

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