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9.102019
「第6回 大地とのつながり」
山の名前、川の名前
ニュージーランドにきてよかったと思うことはたくさんある。
特によかったのは、自然が生活の一部になったこと。東京の中でも自然が多いエリアで育ち、小さな頃はおたまじゃくしを捕まえたり、つくしを採りに行ったりしていた。 九歳の頃から、環境問題にも関心を持っていたので、自然が遠い存在だったわけではない。それでも、自然より人工物の方が視界の多くを占めている環境から、視界の半分以上が空で、歩いて海まで行けるような場所へ引っ越したのは、大きな変化だった。
そして、自然を身近に感じられるようになったのは、実際に距離が近くなったことだけではなく、マオリの人たちの自然との接し方に触れたということもある。
マオリの人たちの言葉で、”Ko au te awa, ko te awa ko au” という言葉がある。「私は川であり、川は私」という意味だ。私たちと自然は、別々の存在ではなく、お互いが繋がっているということを深く感じさせる言葉だ。
それを象徴するように、マオリの人たちの自己紹介は、自分の一族に深くつながりがある山の名前から始まる。そして、川の名前、ニュージーランドにやってきたときに使った船の名前、一族の名前、出身地、家族の名前、親の名前、今住んでいるところ、そして自分の名前、と続いていく。その順番にもいろんな理由があり、人によって少し順番が前後することもある。
山の名前から始まる理由は、 「私たちは山の恵みと土から生まれ、山から流れる川を船を使って下った先に、村を築いて暮らした」という流れがあるから、と聞いた。
ある時、この流れに沿った自己紹介をすることになった。考えてみて初めて、「自分の山と川」と言えるほどつながりを感じる山と川がないことに気がついた。私自身は東京生まれだけど、母は福島、父は兵庫の生まれである。母方のルーツは知る限りずっと福島で、父方は広島から九州へと、さらに西へ下っていく。私が育った場所の近くにあった山は高尾山で、川は多摩川だけれど、なんだかしっくりきていない。
だからこそ、自分が生まれた土地と自然に繋がっていることに確信が持てる生き方は、とても素敵だなぁと思った。
自然が家族のように大切なものであるから、自然のことをケアするのは、当たり前のこと。高校の頃仲良かった友達の一人がマオリの子だった。彼女が私をおんぶして、一緒に森の中を歩いたとき、この葉っぱは耳が痛いときに効くよ、この葉っぱはお腹をくだしたときに飲むといいよ、と色々教えてくれたのを思い出す。残念ながら未だに私はそんなに詳しくないけれど、いつかしっかり学びたいなと思うことの一つだ。
土地を守る
そんなマオリの人たちの自然を守る姿が、ここ数カ月間ニュージーランドで話題になっている。それは、オークランドの南のエリアにあるイフマタオという土地が開発されそうなことに対しての、土地の保護活動についてだ。
イフマタオは植民地支配が起こる前、狩猟採集して暮らしていたマオリの人たちが、初めて定住した場所の一つだったそう。定住したのは、テ・カウェラウ・アマキ族という部族の人たちで、その人たちにとってその土地は命の源。そこへ、一八六三年に「ニュージーランド入植法」という法律の下、「この土地はイギリスの王室のものだ」という宣言がなされた。それは、ワイタンギ条約(一八四〇年にマオリの族長たちとイギリスの王家の間で結ばれたもの)に反することだったのにもかかわらず、そのまま白人の農家へ売られ、それから一五〇年間は個人の所有地となっていた。
そして二〇一六年に、フレッチャーズという会社が開発目的で、その個人農家さんから土地を買った。売られる前に開発の動きを知ったテ・カウェラウ・アマキ族の一部の人たちとその支援者によるグループ(SOUL: Save Our Unique Landscape)は、この歴史的にも大切な土地を守るため、座り込みを始めた。SOULは、もともと土地が奪われた経緯と、その土地の開発を政府側と会社がマオリの一部の人とだけ話しをして勝手な合意を決めたことを国連に告発し、国連もそれは、ちゃんとした合意と認められないとニュージーランド政府に勧告している。
今までもずっと座り込みは続いていたのだが、五月ごろから、とうとう開発が始まりそうになり、土地を守るために集まった人の数も増え、警察も導入された。
その土地の開発というのは、四八〇軒もの住宅地を作るというもの。家を作るというのは、自然破壊に見えにくいと思う人たちもいる。今、多くの人たちは人工的に開発された場所に住んでいる。私も、ニュージーランドにきて自然が近くなったと言っても、今は、ほぼ人工物に囲まれた生活だ。それが当たり前だから、不自然に感じることすら忘れてしまっている。けれど、自然の中を訪れた時、人工的な生活がいかに不自然なことかを思い出す。
そして一度人工的に開発されてしまった土地が元の自然の状態に戻るまでには、とても時間がかかる。だから、SOULの人たちと、その支援者の人たちは、たとえそれが一見、家を建てるというあまり過激に見えない行動でも、ずっとそこにあり続けているありのままの自然の姿を守るために行動しているのだ。
人とのつながりと、芸術を楽しむ心
SOULの一番の訴えは、その土地を返還してほしいということ。
今現在も、座り込みと同時に部族と開発会社と政府との交渉も行われている。実際に返還が実現したら、それが前例となり、他にもニュージーランド中で同じような状況にある土地に対して、同じような対応を迫られる可能性がある。それを避けようとして、政府はこのことについてだんまりを決め込むだろうと思っている人もいる。
そして、もう一つ難しいのは、その会社は、最初の合意の時点で、25%の土地を、マオリの王族に返すと言っているということ。でも、マオリの王族と、その土地に実際に住む一族の人たちは少し違うので、話し合いがちゃんと成立したと言えないのだ(注)
その土地に代々暮らし、関わってきたパーニャさんという女性は、スピーチの中で「この戦いは私たちだけの戦いではなく、世界中で自分の土地を奪われた人たちの闘いでもあるのだ。」と語っていた。
なかなか難しいように感じるところもあるなか、諦めないで行動は続いている。その持続力の秘訣は、人とのつながりと、芸術を楽しむ心にあるような気がする。私は、座り込みが行われている場所に行けてないけれど、現地に行ってきた友達は、いつも誰かしらが歌っていたと話していた。ある時は、警備していた警察にギターを渡したら、なんとその警察もギターを弾いて歌い出したそう。政府が土地を一族の人たちに返還したら、それは、世界中の人たちにとっても、希望となるだろう。
ニュージーランドに来て良かったことは、自然が身近になったこと、と冒頭に書いた。さらに言えば、こうして、自然をちゃんと守っていこうという思いを、たくさんの人と共有できることも、すごくよかったと思う。
ニュージーランドでは人種関係なく、多くの人が環境のことへ意識を向けているけれど、それは、根底にマオリの人たちの考え方の影響があるのではないかと私は思う。こんなに地球が傷んでいるのに、未だに開発を求める社会のあり方に対して、彼らの行動と知恵は、違う方向性を見せてくれる。
安積宇宙(あさか・うみ) 1996年東京都生まれ。母の体の特徴を受け継ぎ、生まれつき骨が弱く車椅子を使って生活している。 小学校2年生から学校に行かないことを決め、父が運営していたフリースクールに通う。ニュージーランドのオタゴ大学に初めての車椅子に乗った正規の留学生として入学し、社会福祉を専攻中。大学三年次に学生会の中で留学生の代表という役員を務める。同年、ニュージーランドの若者省から「多様性と共生賞」を受賞。共著に『多様性のレッスン 車いすに乗るピアカウンセラー母娘が答える47のQ&A』(ミツイパブリッシング)。 Twitter: @asakaocean