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11.102019
「第8回 自分の居場所」
私はどこの国の人?
”Where are you from?” (どこから来たの?)
という質問は、シンプルなようで、いろんな気持ちを湧き起こす。
なぜなら、今住んでいるところを聞かれているのか、出身地を聞かれているのか、わからないからだ。好きなほうを答えればいいのだけれど、自身がその国のマジョリティーではない人種の場合、この質問をされるたびに、自分がよそ者であるような気分になるという人もいる。なぜなら、今自分の住んでいるところを答えても「で、どこから来たの?」と聞かれることがあるからだ。そう聞かれるときの質問の意図は、「民族的にどこから来たの?」ということなのだが、「あなたはニュージーランド人ではない」と言われているような含みを感じてしまう。
そして、私も前まではこの質問に違和感を感じていなかったけれど、ニュージーランドで住む時間が長くなってきた今、答えに困ることがある。
一方で、「何年ニュージーランドにいるの?」と聞かれて、「もう四年になるよ」と答えた時、「じゃあ、もうニュージーランド人だね!」と言われたことがある。
それはそれで、「え、ニュージーランド人になるのってそんなに簡単なの?」と驚いたと同時に、「いやいや、私は日本人だよ」と感じたことを覚えている。
いつまでも外国人であるというのは寂しいけれど、この国の人として見られるのも、それはそれで複雑な気分になるのだ。
こうした気持ちを表現するのに、“Too foreign for home, too foreign for here” というぴったりの言葉がある。「ここでも故郷でも溶け込めない」という意味だ。
これは、一度留学を経験したことがある人には、腑に落ちる感覚だと思う。
私も、日本で生まれ育ったはずなのに、日本に戻るたびに「逆カルチャーショック」を受ける。
ニュージーランドの大部分は穏やかで、広大な空が広がっている。ゆったりしている人が多い。それに比べて、日本は建物と人で所狭しと埋め尽くされている。それだけではなく、電車の中や街の中に溢れている広告などの情報量にも驚かされる。そして、多くの人が険しい顔をして、せかせかと道を歩いている。そのスピードの速さや物の多さに、圧倒される。そして、ニュージーランドだったら、と心の中で比べはじめてしまう。
こんな風に、自分の国に帰ったとき、かつては馴染み深かったものに驚きを感じる時、その場所にもう溶け込めない感じがするのだ。
だからと言って、ニュージーランドを、完全に自分の「故郷」のように感じるかといったら、それも違う。さっきのように、誰かに「どこから来たの?」と聞かれるたび、「私はこの国の人ではない」と感じるのを避けられない。
断られてもお茶を出す文化
高校の頃から、この感覚はあって、同じ留学生仲間とこのことについて話すこともあった。この、どちらの国にも居場所がないような気分は、時に私たちの気持ちを不安定にさせた。
「どの国にも属していない」と感じるのは、ぽつんとひとりぼっちな気分になることがある。でも大学に来てから、幼い頃家族と一緒に移住してきた学生や、ニュージーランドで生まれ育ったけれど移民の両親を持つ学生との出会いを通して、その思いは自分だけが感じるものではないことがわかってきた。
そうして私は、その感覚を共有することによって、「自分が一人ではない」と感じられるようになった。異国で感じる孤独も、同じ気持ちの人同士で共有すれば、もう孤独ではないのだ。
今では「国」に縛られない、自分なりの居場所を見つけることができたように思う。違う文化の狭間で、どちらかに属しきれない自分に何かが欠けているのではなく、それぞれの文化のいいとこ取りをしていい、ということを、同じ境遇の人たちから学んだ。
文化の違いを理解してうまく付き合っていくのは、難しい。でも、いいとこ取りしてオーケー、と思えるようになってから、難しさもおもしろく思えるようになった。
たとえば、人の家にお邪魔した時の作法の違い。日本とスリランカでは、人の家に行くと、だいたい自動的にお茶が出てくる。「お茶いかがですか」と聞かれる場合もあるけれど、「結構です」と返事をしても、何かしらの食べ物が出される。
ところが、ニュージーランドを含む英語圏の国では、「何か飲みますか」と聞かれて、断った場合、もう何も出てこない。私は、日本の文化が自分の中に定着していない10代のころ、ニュージーランドに来たから、そういう作法の違いに対して違和感を感じることも少なかった。でも、同居人のスリランカ人のお母さんは、ずいぶんその違いに抵抗感を覚えたそうだ。
また、ニュージーランドの白人の人たちが、ムスリム圏の人たちを「図々しい」と表現しているのを聞いたことがある。ムスリムの友人によれば、「私たちは自分の国では、旅をしてる人を見たら、自分の家に招待して、たくさんおもてなしをする」という。そして実際、自分の国だけではなく、ニュージーランドに引っ越してきても、お客さんがお家に来るときは、たくさんのご飯を作って、手厚くおもてなしをするのだ。
でもニュージーランドには、そこまでのおもてなしの文化がない。だから、ムスリムの人たちがこの国に来て、「自分だったらこんなおもてなしをするだろうな」という前提で相手にいろんなことを求めると、「図々しい」ということになってしまうのでは? と友人たちと話した。
難しいのが楽しい
移民の私たちは、ニュージーランドの文化を日々経験するし、文化の違いも感じる。けれど、ニュージーランドの人たちは、どんなところに文化の違いがあるのかというのを、知ることはなかなかできない。でも、違う文化の国で暮らすという経験をしていれば(つまり移民の立場であれば誰しも)、文化の違いを理解する難しさが、どんなところからやってくるのか、少しわかるようになる。そして理解の難しさを知ることは、なんだかとても楽しい。それを楽しいと感じられるようになってから、私は自分の居場所について、悩まなくなってきたように思う。
英語圏の国といっても、アメリカとニュージーランドではだいぶ違う。ステレオタイプ的に言えば、アメリカの人たちの多くは、自己主張が強く、意思がはっきりしている。それに比べて、ニュージーランドの人たちの多くは、控えめで、遠まわしな言い方を好むようだ。そこは、少し日本人に似ているとも言える。
日本には、「出る釘は打たれる」という言葉があるけれど、ニュージーランドには、”Tall Poppy Syndrome”(トールポピー症候群)という言葉がある。両方とも同じように、社会の中で突出してしている人が、非難されるというような意味だ。
あるとき、自分でソーシャルビジネスを立ち上げている20代の女性たちと会う機会があった。自己紹介するときに、「自分がしてきたことを話すのは、自慢に聞こえて恥ずかしい」と言って、自分の団体紹介が自己紹介代わりになったことがあった。自分の成功としてではなく、自分の立ち上げた団体の成功という言い方なら、プレゼンテーションできる、というのだ。もしアメリカの人だったら、自分の成功を遠慮して話さないということは、少ないのではないかと思う。
どんな国に行っても、文化の違いや、自分のアイデンティティーについて悩むことがあるだろう。そして、私は悩むプロセスを通して、実はたくさんの人が似たような思いを共有していることに気づいて、いろんな違いを受け入れられるようになっていった。
ニュージーランドは、今回書いたように、他の英語文化圏より日本に近いところもあるし、ゆったりした環境が居心地がいいこともあって、今は、もう高校の頃に居場所がないように感じることはない。
もし今、居心地の悪さを感じる人がいたら、周りの人とそれを共有してみて欲しいと思う。そうしたら、自分が感じている感覚は、意外と一人だけのものではない、と感じることができるかもしれない。
居心地の悪いところに留まる必要もない。居心地がいい場所は、見つけることができると私は思う。
安積宇宙(あさか・うみ) 1996年東京都生まれ。母の体の特徴を受け継ぎ、生まれつき骨が弱く車椅子を使って生活している。 小学校2年生から学校に行かないことを決め、父が運営していたフリースクールに通う。ニュージーランドのオタゴ大学に初めての車椅子に乗った正規の留学生として入学し、社会福祉を専攻中。大学三年次に学生会の中で留学生の代表という役員を務める。同年、ニュージーランドの若者省から「多様性と共生賞」を受賞。共著に『多様性のレッスン 車いすに乗るピアカウンセラー母娘が答える47のQ&A』(ミツイパブリッシング)。 Twitter: @asakaocean
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安積遊歩さん、安積宇宙さんの共著『多様性のレッスン』 聞いてもらって、人は元気になる。障がいをもたない人、もつ人関係なく寄せられた47の質問に、障がい当事者ピアカウンセラーの母娘が答えます。だれもが生きやすい社会をめざしたい人に贈る、ココロの練習帳。 https://mitsui-publishing.com/product/tayoseinolesson