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「第11回 初めてのキャンプ」

なつかしい未来の国からバナー_青空と一本の木

アウトドアに挑戦

 二年生になってスタジオに引っ越してから間もない頃、リビングに行ったら、ジャンが夕飯を食べていた。彼女は前回にも登場したスタジオに一緒に住んでいた台湾出身の女の子だ。「今日はどんな一日だった?」とか他愛もない話をしたあとで、ジャンが「今度一緒に山登りに行かない?」と誘ってくれた。この時はまだ、一緒に出かけたこともなかったのに、車椅子の私を山に誘ってくれたことにびっくりした。同時にとても嬉しい気持ちになった。
 驚いたせいで返事が少し遅れたけれど、すぐに「行きたい!!」と返事をした。
 それから数週間後、ジャンが今度は「台湾の学生クラブのキャンプに行かない?」と声をかけてくれた。彼女はそのクラブの役員の一人で、このキャンプは彼女の企画だという。ニュージーランドでは、山登りやキャンプは人気のアクティビティーだ。でも、わたしはまだどちらにも行ったことがなかった。せっかくの機会だし、ルームシェアをしているもーちゃんと一緒に、参加することにした。いつか山登りに行くとしたら、アウトドアだけど、そこまで体を動かすことがないキャンプに参加するのはいい練習にもなる気がした。
 キャンプの参加者は、二五人ほど。その中には、ジャンの友達として参加している女の子がいた。ウェーアイというマレーシアからきた子だった。会った瞬間からお互いに親近感を覚え、すぐに仲良くなった。
 当日、大学から借りたテントや寝袋を積んで、何台もの車に分かれて出発した。行き先は、車で四〇分ほどのウォーリントンビーチ沿いのキャンプ場。
 目的地に着いたら、テントを張る前に、みんなでビーチに行くことにした。駐車場からビーチまで、歩いて十分ちょっとあった。友達が交互でおんぶしてくれて、車椅子ももーちゃんが押してくれて、辿り着いた。
 長いビーチをしばらく歩いて行くと、洞窟みたいになっているところがあって、そこをくぐると、大きなビーチからは切り離された小さなビーチがあった。前に行ったことがあった沖縄の渡嘉敷島のビーチを思い出すような景色だった。
 やわらかな砂の上に、真っ青の海がきらきらと寄せては返す。その様子に吸い込まれた。

小さな洞窟で踊る二人

小さな洞窟

波際に腰掛ける宇宙さん

波の様子はいつまでも眺めていられる

日本のカレーを作る

 そうしてしばらく海を眺めたり、散策したり、自由に過ごした後、みんなで「BANG!(バン:ピストルを打つ音)」というゲームをすることになった。
 輪になって、一人が真ん中に立って、その人が手で作った銃を撃つふりをしながら、輪の中の人の名前を呼ぶ。すると、名前を呼ばれた人はしゃがまなくてはならず、その両脇の人が「バン!」と言いながら、お互いを撃ち合うというゲームだった。名前を呼ばれたのにしゃがむのを忘れた人か、「バン!」と言うのが遅かった人が負けだ。
 みんな真剣になって、どんどんゲームのスピードは速くなっていった。名前を呼ぶ声と「バン!」という声が連呼した。私は早々にして負けてしまい、輪から外れてその様子を見ていたのだけれど、輪になって遊ぶこと自体久々で、新鮮で楽しかった。

 あっという間に時間が過ぎてゆき、肌寒くなってきたのでそろそろキャンプ場に戻ろうかと言う話になった。着いたら、それぞれ四、五人ずつに分かれて、テントを立てて、車からテントへと荷物を運び込んだ。
 夜ご飯は日本のカレールーを使ってカレーを作るというので、私ともーちゃんは率先してカレー作りをした。
 簡易コンロしかないところで、二五人分と大量の料理をするのは難しかった。「こんなに大量にじゃがいもを入れていいの?」とか聞かれながらも、カレーを作り終えた。わたし以外にもお肉を食べない人たちがいたので、カレーはお肉なしだった。うまくできるか不安だったけれど、みんなからも好評で、もーちゃんもわたしもホッとした。

テント村

テントで作った私たちの小さな「村」

友達とカレーを作っている風景

日本のカレールーでカレーを作った

 キャンプ場に電気は通っておらず、日が沈んだ後は、持ってきた豆電球の明かり以外はなにもなかった。小さなシートに詰め合って輪になって、みんなでジャンのギターと一緒に歌った。まばらに見える星空がずっと広がっていて、この世界に私たちしかいないような気がした。それでも、みんなと一緒にいたから、ちっとも寂しさはなくて、むしろ解放感で満たされていた。
 ひとしきり歌ったら、ビーチでたくさん遊んできた分疲れていたし、周りも真っ暗だし、九時になる頃にはテントに戻って寝ることにした。
 四月だったけれど、もう寒さを感じた。カレーを作るために持ってきた簡易コンロでお湯を沸かし、小さな湯たんぽを作って同じテントの子たちと回して使った。そして、寝袋の中に毛布をつめて寝たら、暖かさの中で眠りにつくことができた。

車椅子でも大丈夫かな?

 次の朝、じわっとした湿り気を感じて目が覚めた。テントの薄い布越しに、少し周りが明るくなってきているのがわかった。一瞬自分がどこにいるかわからなくなったけれど、すぐにキャンプにきていることを思い出した。湿り気は、朝露がテントを湿らせていたからだった。
 寝る前に、起きれたら朝日を見に行こうと話していたので、テントから顔を出してみたら、それぞれのテントから起き出してくる人たちがいた。その中には、ウェーアイもいた。
 今回のキャンプで初めて会ったメンバーで、昨日歩いたビーチへと向かった。着いた頃は、もう朝日は上り始めていた。薄曇りの空の淡い光の朝日に包まれて、優しい気持ちになった。ビーチからの帰り道は、友達に肩車してもらって帰ってきた。

朝日の前でストレッチ

朝日の前でストレッチ

朝日からキャンプ場への帰り道

朝日からキャンプ場への帰り道

 「車椅子でも大丈夫かな?」いつも新しいことを実行する前は、そんな思いが頭を過ぎる。でも、大体「やってみたい! 行ってみたい!」という気持ちに負けて実行してみると、楽しいことばかりだ。今回も、参加者の多くは初対面の人だから不安もあったけれど、みんな快く手を貸してくれた。
 帰り道、ジャンが「このまま見晴らしのいい丘まで行かない?」と言い出した。だけど、一緒に車に乗っていた他のみんなは疲れてしまっていた。わたしもまだ元気があって、行きたいと思ったけれど、みんなが疲れている中行っても、さらに疲れて楽しくないかもしれないと思った。この時ばかりは行きたい気持ちを飲み込んで、また今度チャンスがあるだろうという話になった。
 しばらくしてウェーアイから、「私たちの写真発見!」とメッセージが送られてきた。キャンプの時に撮った写真が、大学の学生会館の外の壁にデカデカと貼ってある(その写真を送ってくれた)のだ。台湾の学生クラブの部長が「大学の部活写真コンテスト」に、その写真を応募したと言う。それが、優秀賞に選ばれて、学生会館の窓に貼られることになったらしい。文化クラブでキャンプに行くことは珍しいことで、台湾クラブにとっても初めての試みだったけれど、大成功だったこのキャンプ。わたしを含め、参加したみんなにとって大学のとてもいい思い出になった。その時の写真が、優秀賞に選ばれるなんて、楽しさが審査員の人たちにも伝わったような気がして、嬉しかった。写真は二年経った今も、そこに貼ってある。いまだに通るたびに、何もかも新しかったあの時の楽しさを思い出して、思わず微笑んでしまう。

大学の部活写真コンテストで優秀賞に選ばれ、学生会館に貼られた写真

大学の部活写真コンテストで優秀賞に選ばれ、学生会館に貼られた写真

安積宇宙プロフィール画像_ニット帽
安積宇宙(あさか・うみ)
1996年東京都生まれ。母の体の特徴を受け継ぎ、生まれつき骨が弱く車椅子を使って生活している。 小学校2年生から学校に行かないことを決め、父が運営していたフリースクールに通う。ニュージーランドのオタゴ大学に初めての車椅子に乗った正規の留学生として入学し、社会福祉を専攻中。大学三年次に学生会の中で留学生の代表という役員を務める。同年、ニュージーランドの若者省から「多様性と共生賞」を受賞。共著に『多様性のレッスン 車いすに乗るピアカウンセラー母娘が答える47のQ&A』(ミツイパブリッシング)。
Twitter: @asakaocean
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聞いてもらって、人は元気になる。障がいをもたない人、もつ人関係なく寄せられた47の質問に、障がい当事者ピアカウンセラーの母娘が答えます。だれもが生きやすい社会をめざしたい人に贈る、ココロの練習帳。 https://mitsui-publishing.com/product/tayoseinolesson

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