ブログ

第13回 ふれること

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

少女のための性の話_三砂ちづる_ヘッダー画像

ヒトの肌

人間の肌には毛皮がありません。すべすべしています。つるつるしています。動物の進化、ということについてあなたは理科や生物の科目で勉強してきたと思う。

哺乳動物として地上で進化してきた生物の多くは、「毛」で覆われていて、私たちの肌みたいにつるん、としていません。大型霊長類、と言われる、私たちと一番近い動物たちには、ゴリラ、オランウータン、チンパンジー、ボノボ、などがいますが、どれもヒトとは違って、長い毛で覆われています。

大型霊長類の中で、私たちヒトだけが、この「毛」に覆われない、すべすべした肌をもっている。なぜこういうことになっているのか、について、いろいろな研究がなされていますから、興味を持ったら、ぜひ調べてもらいたいと思います。

今は、この、つるつる、すべすべ、のお肌のお話から始めましょう。

私たちは、「毛」が少ない。あなたは自分が「毛深い」とか、悩んでいるかもしれないけれど、ゴリラやチンパンジーと比べたら、大したことないわけでありまして、ヒトの毛深さ、など、遠くから見たら、わからない程度です。「毛深い」と思っている人でも、手で肌をさすって気持ちいいな、と思える程度の「毛深さ」で、フサフサした髪の毛のような毛が身体中に生えているわけではありません。

このすべすべした皮膚。ふれるととても気持ち良いのです。この肌が「毛皮」で覆われていたら、ふれたり、さすったりする感触は、きっと違うと思う。犬や猫も撫でられると喜ぶから、やさしく撫でられることは、嬉しいのだとは思うけれど、その触覚は、このすべすべとした肌どうしのふれあいとは違ったものではないか、と思います。

自分の手をさすってみる

自分の両方の手を自分でやさしくさすってみてください。手のひらと手のひら、手のひらと手の甲、ゆっくりと両手で自分の手をさすります。

しばらくさすっていると、なんとなく手がつるつるしてきませんか。自分で自分の手をさするのも、なかなかに気持ちの良いことなのです。

私たちの皮膚は、やさしくふれられると本当に気持ちが良くて、生き生きしてくるのです。

自分の手で、ほおや肩やおなかや、自分の体のあちこちを、そっとさすってみてください。腕をさすりながら、よく毎日頑張ってくれているね、とか足をさすりながら、今日もご苦労様でした、とか、自分で言ってみてもいいかもしれない。私たちの手には、私たち自身の肌を生き生きさせる力があるのです。

自分の手で自分の肌をさすっても気持ちがいいのですから、自分が信頼して、さわられてもいい、と思う人にふれられると、もっと気持ちいいし、安心します。

怪我をしたところには、「お手当て」をしましょう、と言いますね。怪我をしたり、痛かったりするところに、お母さんにやさしく手を当ててもらうと、痛みが少しやわらいだりすることってあったでしょう。「手を当てること」には、文字通りの力があるのです。

ふれることは気持ちがいい、穏やかな良い関係を持っている人、すなわち自分が好きだな、と思っている人にふれることは気持ちがいい。だから、ふれたいし、ふれてもらいたいし、ふれずにはいられない。これは人間が生まれた時から持っている、私たちの存在の基礎となっているような「欲望」なのです。

生まれたばかりの小さな赤ちゃんにふれたことがありますか。ふわふわしてやわらかくていい匂いがして、本当に可愛い。赤ちゃんを見ていると、ふれずにはいられないし、顔を近づけてキスしたり、匂いを嗅いだりしたくてたまらない。

赤ちゃんは、次の世代をいとおしむ、人間の根源的な欲望をかきたてる存在なのです。赤ちゃんもまた、そんなふうに、まわりの人間たちにふれられ、可愛がられたりしないと、生きていくことができません。誰にもふれられない赤ちゃんは、それだけで死んでしまうのです。

そういう意味では、あなたが、もし、「自分って親に可愛がられなかったんじゃないか」なんて、危ぶんでいるとしても、心配ありません。

あなたが今の大きさまで育ってきた、ということは、あなたが赤ちゃんの時、あなたをいとおしんで、あなたにふれ、あなたを抱き上げ、あなたをやさしくさすったり、頬を近づけたりした人が、必ずいた、ということなのです。

そういう人がいなければ、あなたはここまで育つことすらできなかったのです。

誰かにふれてほしいとき

もう一度言いましょう。ふれて、ふれられて、気持ちが良い、と思うことは、人間にとって存在に関わるような根源的な欲望です。

小さいときは大人にたくさん抱っこされたり、抱きしめられたりして育ってきたあなた、その、ふれられたい、という欲望は、ちょっと大きくなったから、と言って、なくなりはしません。

日本では、ハグしたり、キスしたりして挨拶をすることはありませんが、あなたが誰かにふれてほしいな、と思ったら、例えば、お母さんに言ってみるといいと思います。

お母さん、小さかった時みたいに、私を抱っこしてくれない? 私を抱きしめてくれない? 恥ずかしかったら、お母さん、背中をさすってくれない? とか、頭を撫でてくれない? でもいいと思う。

不安な時、悲しい時、お母さんにふれてもらうと、とても安心すると思います。家族って、そういうことを頼んでもいい存在なのです。

そして、月経が始まり、胸がふくらんできて、大人の女性の体に近づいてくると、あなたには「好きな人」ができる。好きな人ができると、好きな人にふれたい、と思う。好きな人にふれてほしいと思う。

自分で自分のからだをやさしくさすっても気持ちがいいし、お母さんや家族にさすってもらっても気持ちがいい。

好きな人にふれてもらったら、どんなにか気持ちが良くてうれしいことでしょうか。

あなたの皮膚はどんなにか、好きな人にふれられることを喜ぶことでしょうか。

そうしてもらいたい、と思うこと、そして自分もその人にふれていたい、と思うこと。大人の男と女が感じる、そのような欲望を「性欲」と言います。今まで自分でふれたり、家族にやさしくふれてもらったりすることの延長線上にあるけれど、でも、もっと激しく、それでいて、もっともっと気持ちのよいことへの渇望。

あなたのからだはどんどん大人のからだに近づいていき、あなたは自分だけではなく、自分の家族だけでもなく、親しい友人だけでもなく、もっと別のたった一人の人を欲するようになる。

その人にふれたいと願い、ふれられたいと願い、抱きしめたいと思い、抱きしめられたいと思い、頬を近づけたいと思い、寄り添って眠りたい、と思うようになる。

そのようなやさしくて激しい感情が人間を次の世代へと送り、文化を発展させ、人間の社会をより豊かなものにしていく基礎にありました。

あなたもまた、そのような、「大人の感じる欲望」を自然に感じるようになる。それは、あなたの、今は知らない、しかし、知るに足る、とても美しい経験です。

でも、繰り返して言いますが、そのような「性欲」は今のあなたと切り離されたところに存在するわけではなく、今あなたが自分のからだを心地よいと思うこと、ふれられて気持ちが良いと思うこと、の、そのまた先にあるのです。

今はあなたのからだを愛おしみ、お母さんや、家族のみんなにやさしく抱きとめられていてください。

そうすればこそ、その先にある、あなたの「性欲」をあなたはきっと、いとおしんで受け止めることができることでしょう。

 

▼こちらのコラムが書籍化しました!

少女のための性の話(5月28日発売※予約受付中)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

ページ上部へ戻る
mitsui-publishing