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「ヘルシンキのドキュメンタリー映画祭で驚かれたこと、日本と同じだったこと」紀伊國屋書店新宿本店トークショー

 2月14日に紀伊國屋書店新宿本店で『フェイクニュースがあふれる世界に生きる君たちへ』刊行記念 森達也トークショー&サイン会が開催されました。今回は内容の一部を紹介いたします。


 これ(以下の写真参照)はフィンランドの公共放送です。多くの視聴者の家にカメラを設置しているのだけど、普通の夫婦と子ども三人とか一般的な家族もいますが、女性同士、男性同士のカップルも当たり前のように普通に一般家庭として紹介されています。

トークショーの様子

トークショーの様子。モニター画面はフィンランドの公共放送で流れていたテレビ番組。

    ヘルシンキの映画祭で、「i—新聞記者—ドキュメント」上映後にQ&Aがありました。観客からの感想は「記者クラブという存在に驚いた」「官邸記者会見の雰囲気が理解できない」などが多かった。国境なき記者団が毎年発表する報道の自由度ランキングにおいて、フィンランドはノルウェーと並んで、ほぼ毎年一位か二位にランクインする国です。〔編集部注:フィンランドの推移は2009161位、173位、184位、19年は2位。19年の1位はノルウェー〕日本の最新のランクは67位。先進国では異例に低い。ただしフィンランドの観客からは、「なぜメディアや国会の現場に女性が少ないのか」という質問もありました。
 だって日本の記者や政治家の9割以上が男性という状況は、フィンランドの人からは考えられない。フィンランドの今の首相は34歳の女性です。彼女は実母とその女性パートナーに育てられている。フィンランドの連立5与党のうち3党の党首も30代女性で、内閣閣僚19人のうち女性は12人です。そんな国に暮らす彼らから見れば、日本の社会が異様に見えて当たり前だと思います。
 それでも「映画のテーマである『集団と個』については、自分たちも同意見。人間とは一人一人は優しくて善良だけど、集団になるととんでもないことをしてしまう。それはわたしたちも一緒ですよ」と言われて、上映できてよかったと思いました。

 本の話になりますが、言いたいことの基本は、帯のコメントにもあるように「そのニュース、疑わなくていいの?」ということ。メディア・リテラシーを中高生向けに書いた本ですが、大人にも読んでもらいたい内容になってます。
 冒頭で、こんな質問をしています。アフリカと聞いたら何を思い浮かべますか、と。ライオンとシマウマがこんなに近い距離には普通いないね(笑)。でも、こうした野生動物たちやマサイ族のダンスとかを思い浮かべるんじゃないのかな。確かにそれもある。でもごく一部です。ケニアに行ったことがあるけどナイロビには高層ビルがたくさんあります。
ライオン、象、シマウマ、キリンのイラスト
 イメージって固着しやすい。たとえば北朝鮮だったら、金正恩やマスゲーム、テレビ放送の女性アナウンサー、というイメージかな。でももちろん、これだって一部です。わかりやすくて刺激的な一部。行ったことがあればわかる。
 北朝鮮の男性は、今もほとんど人民服を着ています。数年前に平壌に行ったとき、人民服って格好いいな、と思って市場に連れて行ってもらって一着買おうと思いました。売り子のおばさんに聞いたら、頭のてっぺんから足もとまで僕をじっと見て、「あなたのサイズに合う人民服なんてうちにはないよ」と言うので——栄養状態が悪かった時代の後遺症なのかな、小柄な人が多いんです——それで思わず「金正恩がいるじゃないか」と言ったら通訳がそれを訳しちゃった。「えっ訳したの」と思ったけど次の瞬間、そのおばさんも含めて市場中が大笑い。だめよそんなこと言っちゃ、みたいな感じで。
 僕たちと何も変わらない。当たり前です、普通の人たちですよ。笑うし泣くし怒る。親を敬い子供をいつくしむ。毎日を懸命に生きている人たちです。でも日本のメディアを見ていると、洗脳されたとかまともに会話できない人たちなんじゃないかと思ってしまう。これには見覚えがあります。オウムです。ほぼすべての人が、凶悪で狂暴な人たちだと思い込んでいた。もちろんソースはメディアです。
 ただステレオタイプは、仕方がないことでもあります。頭の中でアイコンを作らないと、整理整頓できませんから。でもそれはあくまでもアイコンであって、リアルとは全然違うわけです。これは言わずもがなのことなんだけど、その言わずもがなということを、僕たちは忘れてしまっている。この点は、メディアリテラシーを考える上の基本です。

(続く)

【新刊情報】森達也『フェイクニュースがあふれる世界に生きる君たちへ』12月10日発売

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