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津川エリコ
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1.102025
「第22回 ある年の初めの日記」ダブリンつれづれ / 津川エリコ
元旦 お雑煮を食べる。この日の為に去年からとっておいた餅六つ。夫二つ、息子三つ、私一つ。糸子さんの家で新年会があったので、昨日のうちに作ってあった黒豆とうま煮を持って出かけた。彼女の家ではクリスマスを十六人の大人と一人の赤ん坊、合計十七人で祝ったと聞いた。
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12.132024
「第21回 アラン島」ダブリンつれづれ / 津川エリコ
アラン島へ出かけた。多分七年ぶりではないかと思う。東のダブリンからほぼ真西へアイルランドを横断する。島へのフェリー乗り場まで、休憩を入れなければ車で三時間半の行程。アイルランドは小さな国だ。フェリーで四十分。島に四十年住む友人宅に二泊させてもらった。
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11.82024
「第20回 巡礼」ダブリンつれづれ / 津川エリコ
二〇二二年に日本へ帰国した時、最初に入った本屋で最初に目に入ったのは沢木耕太郎の『天路の旅人』だった。発行日を見ると発売されたばかりだった。迷わず買った。一九八六年に発行された『深夜特急』第一便以来、私は沢木の本に注意を払ってきた。彼がまだ旅について書いている、そう思うと心が躍った。
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10.112024
「第19回 母の死」ダブリンつれづれ / 津川エリコ
十二年前の十月に母が死んだ。亡くなったのではない、死んだというのが私の実感である。母の死については母の生きている頃から何度も想像して悲しんでいた。予行演習だった。まるでそのことが悲しみの絶対量を減らしてくれるのだと思わんばかりに。ある程度の心の準備をしてその日に備える算段だったろうか。
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9.132024
「第18回 若い人」ダブリンつれづれ / 津川エリコ
イタリアアルプスの南麓にコモ湖は細長く二股に分かれ、長い足の一跨ぎでスイス側へ行こうとしているように見える。何年か前にこのコモ湖へ行ったとき、私はユースホステルに泊った。コモ湖が見渡せるということで決める気持ちになったのだ。そこでフランス人の若いカップルに出会った。
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8.92024
「第17回 夜明けのクッキング」ダブリンつれづれ / 津川エリコ
私の朝は早い。かつては四時だったが今は五時になっている。齢が進むとともに早起きになる人は多い。時計に促された何十年間もの生活に疲れ、日の出と日没に合わせて生活した太古の狩猟採集者の習慣が戻ってくるのかも知れない。朝の静かな時間に一人、キッチンで過ごすのはなかなか気分のいいことだ。
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7.122024
「第16回 灯台へ」ダブリンつれづれ / 津川エリコ
二〇年前の夏に泊まった小さな島のホテルの領収書が出てきた。それを捨てずに取っておこうと意識したことを憶えている。失くしたとは思わなかったので、時々、その一枚の紙きれがどこにあるのだろうと思うことがあった。
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6.142024
「第15回 チェルシーフラワーショーと漱石」ダブリンつれづれ / 津川エリコ
毎年五月、ロンドンのチェルシーで開催されるチェルシーフラワーショーに初めて出かけてみた。ロンドン三泊の旅行をリュックサック一つで済ませることが出来たのは、一緒に出掛けたダブリンに住む友人がロンドンにも家を持っていてそこに泊まることが出来たからである。
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5.102024
「第14回 ローマの休日」ダブリンつれづれ / 津川エリコ
一九五三年に制作された映画「ローマの休日」の印象はとても愉快で楽しいものだった。某国のアン王女を演ずるオードリー・ヘップバーンのようにスクーターの後ろに乗って颯爽とローマ市内を巡れたらどんなにかいいだろう。グレゴリー・ペックと一緒に、とは言わないが。
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5.22024
春は、小熊秀雄賞の季節です。
春は、小熊秀雄賞の季節です。言論弾圧の時代、自由や理想を歌い上げ詩壇に新風を送ったとされる彼の作品は、今なお新たなファンを生んでいます。その小熊の名を冠した現代詩の賞が、小熊秀雄賞。毎年4月に最終選考会が開かれ、新たな受賞作が生まれます。
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