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9.62024
「第2回 サロン、サンポット」グローバルサウスの片隅で/ 三砂ちづる
アジアの伝統衣装には、いくつかのパターンというか、類型があるように思う。前回のパキスタンのシャルワール・カミーズのように長い上着にパンツというスタイルもあるが、圧倒的に多いのは「巻きスカート」スタイル、というか長い布を巻いていくスタイルである。東南アジア女性が、ほっそりとした、しかし、しっかりした腰に、ぴったりとそうように巻きスカートを履いている姿は本当に美しい。
自分でやってみるとわかるが、きれいに、着崩れないようにぴしっと巻きスカートを着こなすにはコツがある。ウエストの締め方、腰へのそわせ方などのポイントがある。実は日本の着物も「この腰にそわせて巻いていく」スタイルと同じなのだ、というのは、日常的に着物を着るようになって気づくようになった。着物の着方のポイントはいくつかある。腰にそうようにしっかりと巻きつけること、上半身の背中心は、ぴたっと真ん中に来るようにすること、胸元を合わせるときできるだけ布の間の空気を抜いて胸にそわせること、衣紋をすっきり抜くこと、など。これは着物を着て出掛けて、1日の途中でチェックするポイントとほとんど同じであるが、それは同時に、こういうことがすっきりわかるようになると、着物を日常着にできる、ということでもある。たいして難しいことではないのだが、着物生活を日常にしていないと、何のことを言っているのかわからないのかもしれない。
この最初のポイント、「腰にそうようにしっかりと巻きつける」というのが、東南アジアの巻きスカートスタイルと力の入れ方が同じなのである。着物は上半身の背中心は体の真ん中にこなければならないが、下半身は着物の中心は、ずれていても構わない。逆にいえば、だからこそ、他人のサイズの着物でも融通をつけて着ることができるのだ。着物を着付ける時、まず上半身の背中心を決めたら、衿先を持ち、下半身の位置を決める。この時、左の脇線をまず、ぴたり、と決めて、動かないようにし、そこに合わせて右の衿先を引っ張り、着物が腰にきれいにそうようにして巻き込み、その上に左の襟先を重ねていく。これ、着たことがない人には何を言っているかわからないかもしれないが、この、下半身の着物の着付け方が、力の入れ方において、東南アジアの巻きスカートとほとんど同じだ、ということが言いたいのだ。要するに腰にそわせて、後ろ姿が美しくなる。
インドネシアのサロンは、バティックなどの型染めの一目で見てインドネシアのもの、とわかるような一枚布を巻く。上前の位置を決めて、反対の布の上側をもって、ウエストできゅっとひっぱり、上前をきめたほうの布を上から差し込むのが基本であるが、ずれないようにきれいに着付けるのは、着物と同様、初心者には少し難しい。一枚の布を巻き付けること自体は、水着の上に着たりすることもよく行われるようになったから、めずらしいことではないが、ぴしっと着こなすのはコツがいると思う。このサロンをインドネシア伝統衣装では、スカートとして履く。巻き込んでいくとき、日本の着物の場合は必ず「右前」で着る。ちなみに、右前、というのは、正面から見た相手から見て右側の衿が前になっている、という意味なので、着ている本人にとっては、左側の衿が上になっているのだから、やや、わかりにくいのだが……。インドネシアのサロンを巻いていく時は、左前、右前はどちらでもいいらしい。あとで出てくるカンボジアなどでも同じで、「好きなほうでいいよ」と言われた。そういうものらしいから、その辺りは日本の着物とは違う。
マレーシアの衣装、バジュクルンは、このサロンをスカートに仕立てたものに長袖の丈の長いブラウスをあわせるもので、これもなかなか美しい。先述(第1回参照)のハナ・タジマとユニクロのコラボコレクションの初期にも、バジュクルンの上、つまりは丈の長いチュニックと共布のパンツが売り出されていて、これは袖にバイアス布を使ったりしてシルエットが美しく、今も二枚ほど持って愛用している。
中国系の人たちとのチャイナドレスとミックスされた感じの衣装がサロンケバヤで、シンガポール航空のCAが着ている、ものすごくタイトなスカートと、これまたぴっちりと上半身に沿った丈の短いブラウスになる。イスラム系のバジュクルンはとにかく体の線がでないように、ぴったりとしつつもゆったりしたシルエットに見えるように仕立ててあるが、サロンケバヤは全く方向性が異なるのが興味深い。シンガポール航空のユニフォームにほれぼれと見とれてしまった覚えのある方はすくなくあるまい。
東南アジアではむしろ、サロン型の一枚布を巻き付けてスカートにする、よりも一枚布を縫って、輪っかにして、その輪っかにした布を体に沿うように着付けていくスタイルの方が多い。タイのパヌンもそのスタイルで、輪に縫ってある布を、プリーツを一つつける形でウエストに押し込み、ぴったりとさせて着る。柄も、インドネシアのようなバティック柄ではなく、タイでは裾に何本か横シマのはいった無地のものが多かった。
この、輪っかにした布というのは、それなりに便利で、水浴びする時など、その輪っかにした布で体を覆ったりできる。ところが、着付けにおいて、やってみると、この輪っかの布をぴしっと腰でずれないように留めるのは、一枚布を巻きつけるサロンスタイルよりも難しい。1980年代はじめ、最初にタイに行った時、このパヌンのスタイルがあまりに美しくて機能的に見えたので、一枚求めたかったが、短期滞在だったので観光客用の店しか行けず、そこに売っていたパヌンは、一枚布の両端に細い紐をつけたもので、パヌンの柄行きではあるが、ヒモでサロンのように着付けるようになっていた。これはこれで、便利であり、私はこの観光客用パヌンをアフリカにもブラジルにも持っていき、20年くらい着ていたと思う。
この布を輪っかにして着付けるスタイルは、なにより、動きやすい。サロン式に一枚の布をぴったりと着付けると膝を割ることができない。パートゥンのような輪っかにしてプリーツがひとつとれるような形で着るとそのまましゃがんで作業もできて、動きやすいのである。しかも、立ち上がった時は、サロンと同じように見えてエレガントなのでなかなか、すてきである。カンボジア、ラオスもこのスタイルである。
カンボジアでは、この輪っかにして着付けるスタイルのスカートをサンポットと呼んでいる。正式な場で着るサンポットは、スカートのまま、というか裾を床に垂らしたままではなく、裾の上下を結んで、ガウチョパンツのようなパンツスタイルにするらしい。アンコールワットの壁画に、そういうスタイルが出てくるような気がするが、正式衣装はそういうことなのだ。カンボジアには長くいたことがないので、これは聞きかじりであるが、そのようにして、パンツスタイルに着付ける正式な場でのサンポットは、曜日によって着る色が決まっており、「今日はこういう式典があるので、今日の色で出席されたし」というような連絡があるのだそうだ。つまり、カンボジアでそれなりの式典に出る人は、7色、正装を揃えなければならない、ということでもあり、ちょっと大変だな、と思った覚えがある。正式ではない場での、カンボジアの深いプリーツを入れたスカートであるサンポットは柄行きといい、スタイルといい、東南アジアの衣装で最も実用的で美しいと思うので、現地の方にたくさん縫っていただいて、2024年夏、移住先の八重山竹富島で毎日着ているが、島の暮らしとさほどの違和感もなく溶け込んでいるようにみえるのが不思議である。
三砂ちづる (みさご・ちづる)
1958年山口県生まれ。兵庫県西宮育ち。津田塾大学名誉教授、作家。京都薬科大学卒業、ロンドン大学Ph.D.(疫学)。著書に『オニババ化する女たち』『ケアリング・ストーリー』『六〇代は、きものに誘われて』『頭上運搬を追って 失われゆく身体技法』『少女のための性の話』『少女のための海外の話』、訳書にフレイレ『被抑圧者の教育学』、共著に『家で生まれて家で死ぬ』他多数。