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「おかしくない?」を抱えている人にぜひ観てほしい 森達也監督「i-新聞記者ドキュメント」

新聞記者ポスター

 来月、小社から新刊を発売する森達也さんの最新作『i – 新聞記者』を観た。

 主人公は官邸会見で切り込む質問を投げ続ける、東京新聞の望月衣塑子記者。官房長官が回答可能な質問しかしない記者たちの中で、彼女の姿は浮きまくる。
 東京国際映画祭ではスプラッシュ部門作品賞を受賞、“ぴあ映画初日満足度ランキング”でも堂々の1位と、批評家・観客両方からの注目度も高い。

 冒頭に書いたように、映画のメインテーマ(の一つ)は、望月記者と菅官房長官のバトル。

 望月記者が追うのは、たとえば沖縄・辺野古のアメリカ軍基地建設現場。そこには海岸埋め立て用の土砂が積まれている。スクリーンに映る土砂は、観客席から見ても赤い。赤土は海を汚染するため、規定では10%とされている。その点を望月記者が追究するのだが……。
 バトルと言っても権力者 vs 招かれざる記者。官僚からは邪魔も入るし、他の記者たちからの応援もない。はっきり言って孤独。望月さんは相当タフ。自分ならとてもできない。そう思う日本人は多いと思う。

 でもこの映画は、そんな望月記者を英雄視する作品では全然ない。

 海外のジャーナリストたちは言う。
 「望月記者のやってることは、海外では普通」

 会見場の同じ空間にいる、我関せずとキーボードをぱたぱたと打ち続ける他紙の記者らもカメラはじっくりと映し出す。
 映画ではそこまで語られないが、彼らは「政治部記者」と言って、官房長官から情報をもらって記事を書く。望月記者は「社会部」という部署の記者で、官邸会見に出席するのは例外的。嫌われる質問をする望月記者の援護射撃をするわけにはいかない、という事情があるらしい(もちろんすべての政治部記者が政権の問題に切り込まない、というわけではない)。

 でも海を汚すからダメとされている赤土で辺野古の海を埋め立てるのは、間違っているし規定違反でもある。
 そもそも社会部である望月記者が「官房長官に直接質問したい」と思ったきっかけは、準強姦事件を容疑者逮捕の寸前でもみ消された伊藤詩織さん事件だった。

 現場で「それ、おかしくない?」と感じたことを質問する記者がいなかったら、間違いも法律違反もどんどん闇の中になってしまう。

 新聞記者は、第4の権力と言われるマスメディアの人。社会的役割は大きい。
 でも。
「それ、おかしくない?」と言うのが必要なのは、新聞記者だけだろうか?

 海を汚染する沖縄の工事。もみ消された準強姦事件。
 今の日本社会は格差や少子化が加速し、課題先進国と言われるのになかなか変わることができない。

 今必要なのは、多くの人が「それ、おかしくないですか?」と声をあげる力なのでは?
 もちろんそれは望月さんのように大きな権力に対峙すべき、ということではなくて。
 小さい声でもいいから、自分の感じること、自分にとっての真実を声に出してみる、ということ。そんなことまで考えさせられる映画でした。

 エンタメ要素もあるし、簡単な用語解説もあって、政治ニュースを知らなくても問題なく観られます(と一緒に観た方が言ってました)。
 「1000万人が見てくれれば、少しこの国が変わるのではないか」と森監督。

 2019年の締めに、必見の映画です。

 

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