ブログ

「第26回 国際協力、という仕事3」 少女のための海外へ出ていく話

少女のための"海外へ出ていく話"ヘッダー

自分の「専門」を持つ

 大学の先生や、研究者は、みんな、自分の「専門」を持っています。国連などで働くためには「専門家」でないといけないのだ、と前章で申し上げました。専門家といっても何が専門なのか、どうやって勉強するのか、わかりにくいでしょうから、具体的なイメージを持ってもらうために、わたし自身の「専門」の話をします。

 専門は何ですか、と聞かれると、場合によって、「公衆衛生です」「疫学です」「母子保健です」、「国際保健です」と、ちょっとずつ違うことを言ってしまったりしますが、どれも本当のことです。この本の「まえがき」では「国際保健です」と言いました。まずそのあたり、つまりは、なぜ「公衆衛生」も「疫学」も「母子保健」も「国際保健」も、自分の専門と言えるのか、ということから説明しましょう。

医者から治療を受ける女の子

Photo by CDC on Unsplash

 まず、「公衆衛生」は、集団の健康を対象とする、医学の一分野です。医学には、大きくわけて、みなさんが病院に行った時などになじみがある「内科」「外科」「耳鼻科」などにわかれた「臨床」と呼ばれる領域と、「基礎」と呼ばれる分野があります。

 「臨床」の分野は、実際に患者さんを診ることを仕事にする分野で、医学部を出て、医者にならないと、「臨床」の医学を専門として、患者さんを診断したり治療したりすることはできません。

 一方、「基礎」と呼ばれる分野には、ウイルス学とか細菌学とか、法医学とか、解剖学などがあり、こちらは、実際に患者さんを診るわけではなく、医学の基礎的な研究を行う分野です。公衆衛生もこの「基礎」の分野の医学の領域、と言ってもよいでしょう。

 一人一人の患者を診るのではなく、集団の健康事象について研究するのが「公衆衛生」です。英語でPublic Healthと言います。集団の健康について研究する分野で、直接患者さんにふれたり治療行為を行ったりするわけではありませんから、公衆衛生の専門家になるには、必ずしも医者である必要はありません(もちろん、医者で公衆衛生の専門家になる人もいます)。

 ひとりひとりの患者を診る臨床の領域では、医師たちは、さまざまな診断道具を使うでしょう。患者にいろいろなことを聞く問診、聴診器をあてる聴診、あるいはさまざまな検査なども臨床の医師の、診断するための道具、と言えます。

 「公衆衛生」では、一人一人の患者ではなく、集団の健康について研究する、と言いました。一人一人の患者さんを診断するのに、診断する道具を使うように、集団の健康を診断するためにも何らかの道具、つまりは、患者さんを診る医師が検査を使ったり聴診器を使ったりするように、集団の健康を測定する道具が必要なのです。公衆衛生分野における、最もパワフルな診断道具が「疫学」です。疫学は質問票を使ってデータを取ったり、統計を使って解析したりして、集団の健康状況を把握する道具、なのです。

世界の健康格差を研究する

 「疫学」、は、あまりよく知られている学問体系ではなかったのですが、二〇二〇年の新型コロナ・パンデミックをきっかけに、頻繁に耳にするようになった、という人も少なくないかもしれません。その字の通り疫学は、もともとはコレラの流行など感染症の広がりをきっかけに発展してきた学問でした。いまは、その疫学の方法を、感染症だけではない、さまざまな健康事象に応用して、集団の健康を診断しているのです。

スマホ・タブレットとニュース画面

Photo by Obi Onyeador on Unsplash

 わたしは「公衆衛生」の方法論である「疫学」を学び、その方法を使って、女性と赤ちゃんに関すること、つまり「母子保健」と呼ばれる分野の研究をしてきました。ですから、「公衆衛生」も「疫学」も「母子保健」も専門、と言えるのです。

 世界には、健康格差が存在しますが、健康に格差がある、ということを知るためには、どういう指標を使って、その格差を示すのか、ということをまず知らなければなりません。一歳以下の子どもの死亡率を示す乳幼児死亡率や、妊娠出産に関わる死亡を示す妊産婦死亡率などは代表的な健康指標です。どの指標が、健康格差をより明確に表すかを考え、その指標を使って実際に健康格差を測定し、どの程度の差なら容認できるか、あるいは容認できないか、を検討し、その格差をなくすために研究、実践を積み重ねる分野を「公衆衛生」の中で、「国際保健」と呼んでいます。いわゆる開発途上国における公衆衛生の問題を考えていく分野が、「国際保健」とも言えるでしょう。つまりわたしは、「公衆衛生」の診断道具である「疫学」を使って、「母子保健」における健康格差を研究してきたので、専門は「公衆衛生」であり「疫学」であり「母子保健」であり「国際保健」なのです。

 専門性は、大学を卒業した後に入学する大学院で身につけるもの、と前の項でも書きました。「公衆衛生」という専門自体、大学の学部で教えているところはほとんどなく、大学院で学ぶものです。公衆衛生専門家になる人は、大学で医学、薬学、看護学など医療系の勉強をした人がやはり多いのですが、政治や国際関係、人類学など文科系の学問を学部時代に学び、そこから公衆衛生の大学院に進んで、公衆衛生専門家になる人も少なくありません。逆に言えば、大学で何を学んでいても、大学院で公衆衛生を学び、公衆衛生専門家になれるのです。私は大学の学部は薬学部と経済学部(働きながら夜間に学びました)ですが、大学院は公衆衛生の大学院に進んだ、というわけです。

ゆっくりと学ぶ

 今は、日本にも公衆衛生を学ぶ大学院ができていますが、国際的な仕事をしようと思えば、できれば大学院時代に留学をして、海外で勉強すると、語学も鍛えられますし、同じ専門性をもつ友人も、世界中にできます。わたしは大学院の修士号も、Ph.Dと呼ばれる博士号も、イギリスのロンドン大学熱帯衛生医学校でとりました。修士号を取ったのは、三〇歳、博士号を取ったのが四〇歳、です。そのはざまでは、開発途上国の現場で仕事をしていたのです。大学を出て、まっすぐ大学院に進めば、二〇代で博士を取れることもあるので、ずいぶんゆっくりと専門性を身につけていった、とも言えます。

 わたしの取った修士号はMaster of Science in Community Health in Developing Countries、〝発展途上国における地域保健に関する修士〟、という名前でした。

メッセージ入り看板

Photo by Dan Meyers on Unsplash

 このコースは一学年三二人で、二五か国からの人たちが集まっていて……という話は、3章の「海外の友人」で書きました。世界中から同じ専門性をつけようとする人たちが集まっているところでした。わたしはそのコースに行ったせいで(おかげで)子どもたちの父親になる男性にも、無二の親友と呼べる人にも出会っているのです。博士号はDoctor of Philosophy(Epidemiology)、〝哲学博士(疫学)〟、という名前です。こうして勉強したり仕事をしたりしながら専門を身につけていったのでした。

 これは一つの例であり、もちろん、ほかにもたくさんの専門が存在します。国際的な仕事をするためには、まことにさまざまな専門があるわけですが、集団の健康状況を把握する「公衆衛生」という学問は、やりがいがある、という意味でも、どこの国でも必要とされる、という意味でも、国際協力の仕事を選ぶ上で、よい選択だったようにいまは思っているのです。

本連載をまとめた単行本が8月25日に発売予定です。どうぞお楽しみにお待ちください!(詳細はこちら
三砂ちづるプロフィール画像
三砂ちづる (みさご・ちづる)

 1958年山口県生まれ。兵庫県西宮育ち。津田塾大学国際関係学科教授、作家。京都薬科大学卒業、ロンドン大学Ph.D.(疫学)。著書に『オニババ化する女たち』、『昔の女性はできていた』、『月の小屋』、『女が女になること』、『女たちが、なにか、おかしい』、『死にゆく人のかたわらで』、『五感を育てるおむつなし育児』、『少女のための性の話』、訳書にフレイレ『被抑圧者の教育学』、共著に『家で生まれて家で死ぬ』他多数。
あなたにおすすめ記事はこちら!
「第1回 はじめての海外 / 少女のための"海外へ出ていく"話 」

今も、とてもはっきりと思い出す光景があります。小学校のおそらく4年生とか5年生とかそのくらいの年齢だったと思います。私は一人でぼんやり歩いているのが好きで、その時も学校から一人でなんとなく歩いて帰ってきていた......https://mitsui-publishing.com/gift/column_03/goabroad01

関連記事

ページ上部へ戻る
mitsui-publishing