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「第23回 あたりまえがそうでなくなったとき、心の支えになるものは?」 少女のための海外へ出ていく話

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現実感のない現実

 この原稿を書いているのは2020年4月です。緊急事態宣言が出され、海外どころか、国内の移動もままならなくなっています。若いあなたも学校がお休みだったり、日常と同じ生活ができなくなっている人も多いでしょう。世界中の都市に外出制限が出され、世界を飛んでいた飛行機はほとんど飛ばなくなり、みんな家にいることが求められています。
 新しいウィルスが流行し、世界中の人々が家にいることを求められていて、都市はガラガラ、などという映画を作っても、小説を書いても、きっと現実感のないことと受け止められたと思いますが、想像することも難しかったような現実が訪れることがある。あなたをふくめ、世界中の数えきれない人たちが今までやっていたことができなくなって、今までと全く違ったことをしなければならなくなっています。

大学内の広場

Photo by Mick De Paola on Unsplash

 わたしは東京にある大学で、教師をしています。緊急事態宣言が出て、大学は入構禁止となりました。要するに大学に立ち入ってはいけない、ということです。

 大学の先生というのは、みんな、なんらかの分野の研究者ですから、大学で学生に教育をするほかに、自分の研究を進めています。大学にはそれぞれの教員の研究室が設けられています。実験をする先生たちは広い実験室を持っていたりしますし、文科系の先生たちは、数えきれない本に囲まれた研究室で仕事をしています。つまり大学の先生にとって、研究室、とは文字通り自らの研究を行う場所であり、自分の研究に関する全てが詰まっている場所であり、また、学生たちの相談にのったり、個人的な指導をしたりする場所です。大学の教員にとって、そこは、すべてが起こる場であり、すべてを保存している場であり、研究者としての魂のこもった場なのです。そこに立ち入ることが禁じられる日がくるなんて、とても考えることはできませんでした。

 新学期が始まり、学生さんたちがたくさん大学のキャンパスにいて、談笑していて、教室で授業をして、研究室に遊びに来てくれて……というつい数カ月前まではあたりまえだった光景は、ただ、記憶の中だけのものとなりました。学生も、教職員も大学に入れなくなってしまったのです。新しいウィルスであるCOVID-19の全貌について、まだわかっていないことだらけで、それでもこのウィルスは人から人へ感染する、ということは確実なので、とにかく、今は、できるだけ人に会わないようにしなければなりません。人に会うことがリスクなのですから。だから、大学も休業を要請され、入構制限がされているのです。

これまでとは違う働き方

 でも大学は、休業を要請されて、教員も学生も大学に来ないとしても、大学の授業をやめるわけにはいきません。大学で授業をしないと、学生さんたちは単位を取ることができず(大学では科目ごとに授業を受け、単位をとって、必要な単位の数を満たすと卒業することができます)、決められた年限で、つまり多くの場合は4年で、卒業することができなくなってしまうのです。世界中の大学は、「大学に来なくても授業を受けられる、つまりは、単位が取れる」オンライン授業に舵を切っています。それを支える大学職員の方達のご苦労も、それは大変なものです。
 オンライン授業というと、テレビ会議のように、先生がパソコン上に現れて授業をし、学生たちがまた、パソコンやスマホ上からその授業をみる、というイメージが強いと思いますし、また、多くの大学教員もそのような対応をしようとしています。それだけではなく、ようするに「対面」で授業をする以外の全てのオプションをさしますから、授業の代わりに課題を出してレポートを提出してもらったり、教師の録音した講義を聞いてもらって質問をしてもらったり……、など、教員と学生の双方向を確保するいろいろなやり方があります。しかしやはり、Zoomなどを使った、画面上のオンタイムの講義をやっているところ、やろうとしているところ、がもっとも多いでしょう。

スマホとラップトップ

Photo by Allie on Unsplash

 「オンライン授業にします」と言っても、生まれた時からパソコンが環境の一つのように存在しているあなた方のような若い世代と違い、大学で講義をする人たちはそれなりの年齢の人も多く、みんながパソコンやオンラインの詳細に簡単に対応できるわけではないですから、世界中の大学教師は、それぞれに奮闘を重ねているところかと思います。でも文句を言うことはできません。それこそ世界中の全ての人が、今までとは異なる働き方を求められているのです。
 いわゆる「会社」の多くの事務的仕事や営業仕事は、自宅からのテレワークを求められ、医療や物流や、スーパーマーケットをはじめとする一部の小売店や、公務員のみなさまの多くは、普段と同じ場で、ふだんの何倍もの仕事を求められます。一方、宿泊や飲食や観光やスポーツやエンターテインメイト、航空業界などは仕事自体がなくなってきてしまっています。大学教師の仕事の変化は、ほかの業界と比べたら、これでも小さい方かもしれないのです。みんな、柔軟に、今の状況に適応しながら、日々を過ごしていくことが求められています。

国際的な現場で必要なもの

 私の働いている大学の学科は「多文化・国際協力学科」という名前なので、文字通り、国際協力や多文化共生に関わる授業も多い。ほとんどの授業は、一人の教員がなんども講義をするスタイルですが、中には「オムニバス授業」とよばれ、毎回違う人に来てもらって、話を聞くような授業もあります。たとえば「多文化・国際協力の実践」という授業では、毎回、国際協力や多文化共生の現場で活躍している、いわゆる「現場」の方をお呼びして、話をしてもらっています。
 大学側の担当の先生は、その「話をしてくださる現場の方」と連絡を取り、一回だけですが、大学に来て学生のために講義をしてください、と、お願いをするのが仕事です。今学期は全てオンライン授業になりましたから、その一回ずつ講義をしてくださる先生にも、たった一回ですが、オンライン講義をしていただかなくてはなりません。
 もともとこの授業を担当してくださる、とおっしゃっていたたくさんの、国際協力の現場で活躍なさっている講師の先生がたに連絡をしたところ、「オンラインでお願いします」と言うと、全員が「はい、いいです」と、一言でオーケーをくださった、と聞きました。「どうやったらいいんですか」とか、「やったことがないので、できるかどうかわかりません」と言った人は一人もなく、全員、「ああ、そうですか、それなら必要なことを教えてもらったら対応します」という内容を、あっさり言ってくださった、というのです。
 みなさん、いわば「国際的に活躍している」方々ばかりなのですが、国際協力や多文化共生の分野で仕事をしてきた人たちの、対応の柔軟さと、その場での適応能力の高さはすばらしいな、と思いました。「誰に聞いても答えがわからない」ような、いわば非常事態に、一人一人のレベルで、まずは決断を下し、そのあとやるべきことをやっていく、というような仕事の仕方に慣れている人たちなのだな、と、感心した次第です。
 国際協力の分野では、ラインホルド・ニーバーという神学者が作った祈りがよく引用されます。

God,

grant me the serenity to accept the things I cannot change,

courage to change the things I can,

and wisdom to know the difference.

  -Reinhold Niebuhr (1892-1971) (注)

神様 私に与えてください

変えることができないものを受け入れる心の静けさを

変えられることは変えていく勇気を

そして、変えることができるものと、

変えられないものとを見極められる賢さを

 「国際的な」、つまりは文化も習慣も違うところで暮らし、仕事をし、鍛えられていくときに、心の支えになるのは、このような態度なのでしょう。当たり前であったことが、当たり前でなくなる日々のなか、このような「賢さ」こそを求めていたい、とあらためて思います。

(注)高橋義文「ニーバーの『冷静を求める祈り』(The Serenity Prayer)――その歴史・作者・文言をめぐって」(『聖学院大学総合研究所紀要』No.4(ラインホールド・ニーバー生誕100年記念)、1994)ここで引用したバージョンとは若干異なりますが、ニーバーの祈りに関する経緯が詳しく書かれています。

三砂ちづるプロフィール画像


三砂ちづる (みさご・ちづる)

 1958年山口県生まれ。兵庫県西宮育ち。津田塾大学国際関係学科教授、作家。京都薬科大学卒業、ロンドン大学Ph.D.(疫学)。著書に『オニババ化する女たち』、『昔の女性はできていた』、『月の小屋』、『女が女になること』、『女たちが、なにか、おかしい』、『死にゆく人のかたわらで』、『五感を育てるおむつなし育児』、『少女のための性の話』、訳書にフレイレ『被抑圧者の教育学』、共著に『家で生まれて家で死ぬ』他多数。
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