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「第20回 話したいことがありますか〜外国語の学び方」 少女のための”海外へ出ていく”話

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学校で学ぶ方法、現地で学ぶ方法

 外国語の学び方には2種類ある、と思います。一つは、いま、おそらくあなたが学校で英語を学んでいるように、しっかり、教科書を使い、文法を学んで、試験を受けて……というように、一歩ずつ、着実に、いわば、勉強、として、教室で学ぶやり方。
 もう一つは、とにかくその外国語を使っている地域に住み、自分の言葉(いまこれを読んでいる人の場合はおそらく、日本語)が通じない状況に身を置き、とにかく話さないと生活できないから、すこしずつというか、もう、無理やり学ぶやり方。
 学校での英語の勉強があまり好きではない、という人は、この後者の方が楽なんじゃないの? と、思うかもしれないですね。でも、突然、自分の言葉を誰もわかってくれないところに放り込まれる、というのも、それはそれで、なかなかにきびしい経験です。
 私の友人のアフリカ研究者は、今を去ること40年近く前、一言も現地の言葉がわからないのに、先輩研究者に、じゃあ、きみはがんばって、目的地まで行ってね、と自転車だけ渡されて、アフリカの真ん中に「捨てて」行かれたことがある、と言っていました。
 「水をください」の一言も言えないのに、本当に困ってしまったけれど、フィールドワーク地である目的地に自転車で何日もかけて着く頃には、なんとか必要最小限のことはわかり、話せるようになっていた、といいます。
 今どき、そんな無茶はできないし、させるような先輩研究者もいないと思うのですが、まあ、外国語の学び方の後者のほうの典型的な例です。
 連載のでもちらっとふれましたが、スペイン語やポルトガル語は、英語と比べ、日本語の発音に近いところがあるので(特にスペイン語)、現地で暮らすとみんな結構上手になります。ブラジルの非政府組織でボランティアをしている日本の方が、「ブラジル人ばかりのコミュニティで半年間、“ふたをする”みたいに、そこにだけいてもらえば、みんなポルトガル語が流暢になっている」なんておっしゃいますが、それも、上に紹介した後者の学び方ですね。

英語アルファベットのブロックを並べる子供の手

外国語へのあこがれ

 わたし自身が生活にも仕事にも、そこそこ困らないレベルで使える外国語は、英語とポルトガル語ですが、思えば、英語は前者の学び方、ポルトガル語は後者の学び方、をしています。英語は、特に帰国子女でも特別な教育を受けていたわけでもないので、普通の公立中学校の授業で習い始め(いまは、小学校から英語をやるようになっているのですが、長いこと日本では英語を習い始めるのは中学校でした)、I have a pen.から勉強し始めたのですね。
 外国語を学ぶことに憧れていましたし、ちょうど、英語の音楽を聴き始めた時期でもありましたから、歌詞がわかるようになりたい、という強い願いもありました。少しずつ英語がわかるようになるのがうれしかったので、英語の成績もすぐ良くなって、モチベーションも高く勉強していました。
 ところが、高校に入ると、一気に文法が難しくなり、覚えなければならない単語も一気に増えて、「中学英語の優等生」だったはずのわたしは、まあ、ありていにいえば、完全に落ちこぼれました。それでも大学受験をしたかったので、受験英語に対応するために、必死で単語を覚え、文法を学び、なんとか、最低限はクリアした、という次第。話す機会はほとんどなかったのですが、20代半ばにアフリカにボランティアに行くことになり、初めて英語を話すことになったこと。文法や単語を中学、高校でそれなりに勉強していれば、「話すこと」に関しては、話さねばならない環境になれば、なんとかなる、という話は、連載に、書きました。
 ポルトガル語のほうは、英語のような地道な文法の勉強をほとんどする機会もなく、基本的な挨拶くらいができる程度でブラジルで生活しはじめ、働くことになりました。
 ブラジルでは日本語はもちろん通じないし、英語もほとんど通じないので、日々生活をする上で何としてもブラジルの言葉を話さなければならない。毎日少しずつ生活をして行く上で覚えていくことになりましたが、周囲のブラジルの人たちがポルトガル語が下手な私にも本当に優しくて、一言話せたら、「すばらしい、こんなに短い間に話せるようになって、あなたは天才か」と励ましてくれましたのでそれをはげみに、毎日を過ごすことができました。
 いまは、ポルトガル語でメールも書きますし、難しい本も読んだり訳したりしますが、はっきりいって、細かい文法事項を英語ほど勉強していないので、とくに、書くことに関しては、正しく書けていないのはお恥ずかしい限りです。しかし、この「現地でとにかく慣れる」のやりかたで、確かに外国語はそこそこ習得できるものだ、と思います。外のベンチに座って肩を組んでいる外国人男女五人

上達の基本とは…

 「教室で文法から学ぶ」、「現地の言葉しか話していない環境で慣れながら学ぶ」。この二つの外国語を学ぶ方法の、どちらで学んでも、確かなことがあります。「自分の言葉で話せないことは外国語では話せない」ということです。まことにあたりまえのことなのですが、あなた自身が、自分の言葉、つまりは、日本語で言えないことは、外国語では言えません。外国語で何を話せるのか、というのは、実は日本語であなたが何を話せるのか、ということが前提になっています。
 日本語で挨拶はできますよね。おはようございます、ありがとう、どうしたしまして、またね、明日会いましょう、など。外国語を学ぶと、まずそういう挨拶も習います。そして、あなたは日本語で挨拶しているのだから、外国語で、挨拶もできるようになるでしょう。買い物に行ったり、バスや電車に乗ったり、道を聞いたり。そういうことは、日本でもやっているでしょうから、外国語を学べば、それもできるようになるでしょう。観光旅行するだけなら、それで十分かもしれないですね。
 でも、この文章を読んでいる、「海外に行きたい、海外でなにかやりたい」と思っておられるあなたは、きっと、挨拶や買い物以外の話もできるようになることを望んでいるのだと思います。心を通わせられる親しい友人を作ったり、自分の興味のあることをとことん話し合ったり、また、自分のやりたい仕事の話をしたり、自分の考えをわかってもらうようなスピーチをしたり。きっと、そういうことができるようになりたいですよね。
 つまりは、「あなたには、話したいことがありますか」ということです。
 話すべき何かを持っているのか、ということ。相手に伝えたい、相手にわかってもらいたい、相手に理解してもらいたい、という意味で、話すべきことがあるのだろうか、ということ。それはまず、自らの言葉で鍛えられるものです。
 若いあなたには、まず、自分がどうしても話したいこと、が出てくるように、自分の興味に導かれながら、様々な経験をして、いろいろな本を読んで、自らの言葉を豊かにしていただきたいものです。こんなこともあんなことも話したい、ということをたくさんみつけて、それをまずは、自分の言葉で話すこと、それこそが本当の意味での外国語上達の基本ではないでしょうか。
 この人に話したいことがある、この場で伝えたいことがある、言いたいことがたくさんあるのに、日本語だと言えるのに、どうして、この国の人にわかってもらえる言葉で話せないんだろう、なんとかして話したい、なんとかして自分のことをわかってもらいたい。そういう思いがあるからこそ、外国語が上達するのです。
 冒頭に挙げたどちらの方法であっても、一歩先にすすめるのは、自らに話したいこと、があればこそ。どんなことでもよいのです。「話したいことがたくさんある」自分に、なっていきたいですよね。

三砂ちづるプロフィール画像
三砂ちづる (みさご・ちづる)

 1958年山口県生まれ。兵庫県西宮育ち。津田塾大学国際関係学科教授、作家。京都薬科大学卒業、ロンドン大学Ph.D.(疫学)。著書に『オニババ化する女たち』、『昔の女性はできていた』、『月の小屋』、『女が女になること』、『女たちが、なにか、おかしい』、『死にゆく人のかたわらで』、『五感を育てるおむつなし育児』、『少女のための性の話』、訳書にフレイレ『被抑圧者の教育学』、共著に『家で生まれて家で死ぬ』他多数。
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若いあなたたちと比べれば私はもう、ずいぶんな年をとっているのですが、それでも、夜更けに、ふと人生に惑い、考え込むこともあります。夜更け、というのは、どうもよくないですね。夜がしんしんと更けていくころには、大したことのないことでも、それからの人生を全部ひっくり返してしまうような大きなことに思えたりするのです...... https://mitsui-publishing.com/gift/column_03/goabroad05

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