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「第12回 体調はどうですか?」 少女のための”海外へ出ていく”話

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いつも体調不良だった

 元気ですか。体調はいかがですか。

 もともと病気や少し具合の悪いところがある方もおありかもしれませんし、とくに、そういうところはない、という方もあるでしょう。でもどういう基本の状態であっても、自分の調子がいいときと今ひとつよくないとき、というのがあると思います。

 前回は、生理の話で、毎月の生理をどんなふうに過ごすことができるかな、と観察するだけで、生理が楽しみになったりすることもある、と書きました(第11回 海外で生理になったら?)。いわゆる生殖期、つまりは生理があるころは、毎月の生理が自分の健康のバロメーターみたいなものになり得ていたなあ、と、すでに閉経した年齢にある私はぼんやりと思い出します。

 若いころは、自分の体のことがまだよくわかっていなくて、自分の体の状態もあまりよく把握できなくて、無理をして具合が悪くなってしまう、ということを繰り返していたように思います。

 大病をしたわけではありませんが、終始、どこかしら調子が悪かった。2歳から8歳くらいまでひどい小児喘息でしたし、それからあとはそのころのお医者さんに「自家中毒」(……って一体何だったんでしょう?)と言われていた、気分が悪い、朝から吐いてしまう、といったことを小学校高学年くらいまで繰り返していました。生理が始まるころになると、今度は当時のお医者さんに「低血圧」と言われました。それも一体なんだったんでしょう?

 10代から20代の初めごろにかけて、ときどき、血圧がどーんと下がり(というのはあとになって血圧を測るようになってわかったことではありますが)起きられなくなります。顔が真っ青になり、気分が悪くなり、目の前が暗くなり、要するに貧血というかそういう症状で立っていられなくなり、倒れます。倒れると、やっぱり困るんですよね。

 自転車に乗って高校に通学している途中に、そういうことになって、道端で倒れてしまって、その傍らの店で立ち飲みしていたおじさんたちに助けてもらったことがあります。

 高校に通学するような時間帯って、朝の7時半とか8時だと思うのですが、そんな時間から、おじさんたちが「お酒を立ち飲みしている」って、一体、それもなんだったんでしょう。どういう店だったのでしょう。だいたい、どういう地区に私は住んでいたんでしょう。

 ともあれ、当時、朝からお酒を飲んでいたおじさんたちは具合が悪くなった私を店に連れて入り、母親に連絡してくれました。そのころ、高校生が気分が悪くなって道で倒れても救急車を呼ぼう、という感じじゃなかったことを思い出します。京都の街中、デパートの一階で具合が悪くなって、待ち合わせ場所の椅子に倒れこんで寝ていたこともありました。朝起きようとして気分が悪くて起きられなかったことも、ある意味、日常茶飯事でした。

伸びをしている猫

自分の体を自分で守る

 さすがに大学生になったころにこれはまずい、と思いました。すでに一人暮らしをしていましたし、具合が悪くなったといって助けに来てくれる人がいるわけではありません。

 なんとかしなければなりません。わたしはようやく、「自分で自分をもっと観察しなければならない」と思いました。倒れると辛いしきついし、格好も悪いし、だいたいその日の予定に支障は出るし。そもそも、危ないし。それは身の危険というものです。自分の体をもっと自分で守るということを考えないといけないなあ、と初めて思った。

 まあ、遅いんですが、ようやくそう気づいたわけですね。

 そう意識すると、だんだんいろんなことがわかってきました。具合が悪くなって血圧がどーんとさがる、という症状が出るのは、生理の初日に多いことがわかりました。しかもその前の1カ月が、すごく忙しかったり悩むことがあって、寝不足だったり、不摂生したり。心身ともにきつい1カ月を過ごしたときは、生理の初日に、調子が悪いことが多いのです。

 なるほど。毎月やってくる生理の時期に調子が悪くなるのは、どうやらその1カ月の暮らし方の集大成なんだな、ということがおぼろげながらわかってきました。

 一人暮らしだから生活は自分次第です。気ままな生活の大学生とはいえ、ごはんはきちんと自分でつくって食べようとか、夜更かしはできるだけしないようにしようとか、そういう当たり前のことに少しずつ気をつけ始めると、健やかに生理を迎えることができるようになりました。

和食、ご飯、納豆、焼き魚、味噌汁

 なんだかいろいろ大変なことがあって、この1カ月は無理をしたなあ、と思ったら、次の生理のときはちょと危ないんじゃないか、と気をつけて、生理の初日にはゆっくり過ごせるように予定を考えたりし始めました。そして、生理の初日が無事にすごせると、今月もいけそう、大丈夫、と感じられるようになります。

 20代半ばになるとだいたいそのリズムがわかるようになり、少しずつ自分の体に自信を持てるようになってきた気がします。わたしはこれという病気にかかったことはなく、自分の体をうまく整えることに気をつけるだけでよかったのですが、持病などがある方はなおさら、自分の体の状態を観察する必要があるでしょう。

外国暮らしとなつかしい夢

 何が言いたいのかというと。

 この連載は「少女が海外に出ていく」ために役立つと思ったことをお伝えしているわけですが、自分の体調をそこそこうまく維持できるようにしておくことは、一人で海外に出ていくにあたってやっぱり大切なことである、という、ごくあたりまえのことを申しあげたかったのです。

 医者がいるとかいないとか、病院があるとかないとか、現地で医者にかかる方法を知っているとかいないとか、もちろんそういうことも必要になってくることがあるので重要です。けれどそれよりも、自分の体の状態はいま、どうなのか。どのようにすれば、今日の自分を良い状態にできるのだろうか。そういうことに意識的になることは、海外に出ても出なくても自分にとって必要なこと、と思うのです。

 初めて、外国に出かけて行って、知らないところに住むことになったとき、いつも見ていた夢があります。もう、覚えていないと思っていたような、幼稚園時代の友人や小学校低学年のころの夢。あれ、こんな人のこと、もう忘れていたな、というような人たちの夢を見るのです。

 風景は、ただ、なつかしく、小学校の机の手触りや、文房具の配置、くばられた紙の匂いすら感じられるような夢です。親や親しい人の夢ではなく、普段思い出すこともない人たちが次々と登場するのでした。

教室

 来る日も来る日もそんな夢を見ます。目覚めたときは、少し切なくなる。自分がいかに、自らの土地、と思っていたところから遠く離れたか、をその度思い出し、少ししんみりするのです。二週間近くそんな夢をみる。

 そしてある日、幼いころの友人たちは、もう夢に出てこなくなります。そろそろ新しい国、新しい環境に慣れてきているのでしょう。そういう夢を見なくなるころには、新しい国で暮らす不安は、少し薄れているのでした。

 一人で外国に出かけ、知らない環境で生活を始めるときの不安は、私にはそういう形で現れていたのだと思います。毎月の生理を観察し、なつかしい人たちの夢を、さびしいなあ、と思いながら味わっているうちに、その土地での新しい生活が始まっていく。私の場合は、こんな感じでしたが、ひとりひとり、異なる体と心のパターンがあるでしょう。

 さびしさも苦しさもつらさも、まるで自分の劇場芝居を自分で見ているように、うまく観察できるようになることは、大人になることそのものなのかもしれません、とぼんやり考えます。

 

三砂ちづるプロフィール画像
三砂ちづる (みさご・ちづる)

 1958年山口県生まれ。兵庫県西宮育ち。津田塾大学国際関係学科教授、作家。京都薬科大学卒業、ロンドン大学Ph.D.(疫学)。著書に『オニババ化する女たち』、『昔の女性はできていた』、『月の小屋』、『女が女になること』、『女たちが、なにか、おかしい』、『死にゆく人のかたわらで』、『五感を育てるおむつなし育児』、『少女のための性の話』、訳書にフレイレ『被抑圧者の教育学』、共著に『家で生まれて家で死ぬ』他多数。

少女のためのシリーズ「少女のための性の話」

少女のための性の話

 

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