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第32回 できる限り対話を続けて

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遊歩と宇宙の「自分がきらい」から「自分がすき」になる相談室画像

ヘイトの言葉が普通に流通していてげんなりします。ヘイトスピーカーがアメリカの次期大統領に選ばれ権力を持ったことも、ヘイトスピーチが社会的に容認される、というメッセージが子どもたちへ伝わることにならないか、不安です。先日、「“差別意識を公言することは、自分に正直な感情の吐露であって言論の自由だ”というヘイト容認派の主張にも一理あるのでは?」と年下の友人に言われ、ショックでした。友人にどのように説明すればよいでしょうか。(子ブタ・44歳・自営)

できる限り対話を続けて

ヘイトスピーチに疑問をもたない人たちは、いのちの選別意識を完全に内面化させられています。

いのちの選別意識とは、「生きていていいいのち」と「生きていてはいけないいのち」がある、という発想です。

たとえばいまの日本社会で「生きていていいいのち」であるには、生産性があって、場の空気を読んで行動し、外見的にも人の気分を害することのないありようをしていなければなりません。その条件を満たさないいのち、つまり障がいのある人たちは、「生きていてはいけないいのち」なんだと言われ続けています。

しかし、人間の人生をよく見れば、生まれるときも死ぬときも、最重度の障がい者です。

人はみな、生まれたときは言葉を使わず、表現手段は泣くことだけ。それで人生初めの1〜2年を過激に生き抜きます。そしてどんな強者も年老いてからは、ものを飲み込むことも、排泄も自分ではできなくなり、さいごは呼吸もだんだんとできなくなって、死に至るわけです。

ヘイトスピーチを公言する人、つまり「いのちの選別意識」を内面化してしまっている人には、そのような、肉体が変化してゆく自分の人生というものを、どのように考えているのか、聞いてみてはどうでしょうか。

いのちを選別してしまうのは、いのちに対する想像力の不足と、主体性を剥奪し管理強化にのみ力を注ぐ学校教育の結果です。

ヘイトを容認する人が、もし身近な人なら、あまりに心が痛いでしょうが全力で、涙を流しながらでも、それは間違っていると伝えてください。関係の遠い人なら、どういうアプローチをするかは、あなた自身があなたのペースで決めてください。

私は、私自身がヘイトのターゲットになることを充分に自覚したうえで、できる限り多様な人たちとの関係を作ることが、ヘイトを許さない社会を作る道だと、考え行動しています。

とくに若い人で、ヘイトにまっすぐつながる優生思想を正直に口にする人に対しては、激論も辞しません。なぜなら優生思想を口にする正直さとは、発言する自分自身をも傷つけているのではないかと案じるからです。

多くの若い人は、想像力を育む環境を奪われています。それが、他人の痛みに対して、非常に鈍感な原因の一つです。だからこそ、そうした多くの若い人たちと、できる限り対話し続けることが重要だと考えます。

ヘイト=憎しみの言葉を受ける人はもちろん、言葉を発する側にとっても、そしてまた未来の子どもたちにとっても、心が傷つくことなんだよ、と若い方へぜひ伝えていただきたいと思います。すぐには伝わらない場合も多いでしょう。自分の言葉が自分自身をどれだけ傷つけているか、すぐに自覚するのはむずかしいことです。優生思想は、多くの人を津波のように巻き込んでいます。しかし、それを言ってくるのは、この津波から助けて、という屈折したメッセージでもあると思います。

もう一度書きますが、身近な人であるなら、誠実に正直になって徹底的に対話を続けてください。遠くの人であるならば、戦略はあなたのペースで考えてくれれば充分です。(遊歩)

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私もげんなりしています。そして、私も、「ヘイトも言論の自由の内の一つだ」という主張に悩んでいた時がありました。

そんな時、法学部の友だちが、「言論の自由は、他人を傷つけない範囲で保証されているのもので、あからさまな人格や人種否定、存在否定を行うような言動は、言論の自由の外にあるものだ」とおしえてくれました。

2016年の7月に起こった、ヘイトを象徴するようなやまゆり園の事件のあとで、私が行ったことを紹介させてください。私もあの事件のあと、恐怖におそわれた人のひとりでした。でも恐怖で立ち止まっていても、なにも変わっていかないという思いもありました。そこで、ヘイトも言論の自由だ、と思うような人にも、愛を届けたいと思い、フリーハグを行いました。

フリーハグとは、街頭に「フリーハグ」と書いてある目標を持って立って、道行く人とハグするという活動です。もともとは、アメリカで始まったもので、普段すれ違うだけでかかわりあわない人たちと、ハグを通して温もりや愛を感じ合うことができます。

この事件が起こる前にも、一度、フリーハグをしたことがありました。終わった後、とても幸せな気分になったことを思い出して、またやろうと思ったのです。

ヘイトを許してしまう社会は、お互いに関心がない社会だと思います。かかわりができるはずのない相手と、かかわりを作ることで、社会にはいろいろな人たちが生きている、ということに気づくきっかけをつくることができたらいいな、少しでも他の人へ関心を持ってほしいなと思って、事件で亡くなった方々の月命日2カ月目と4カ月目に、フリーハグをしました。

もちろん、全員ハグしてくれる訳ではありません。けれど、「なにしてるのかな?」と目を向けてくれる人もたくさんいました。その視線は、私が車椅子に乗っていてふだん感じる、見ても見なかった振りのような視線ではなくて、温かい視線が多かったように感じました。

差別意識を公言することも言論の自由、と言ってしまうような人も、実際に差別された体験があったり、社会に対する絶望感や無力感を感じているのかもしれません。それに対して、多様な人と繋がりあえる可能性を実感できるのが、フリーハグです。差別発言を言論の自由と、受け止めなくても大丈夫だよと伝えられるようなきっかけのフリーハグは、人の心を動かすアクションとしておすすめです。(宇宙)

安積遊歩(あさか・ゆうほ)
1956年福島県福島市生まれ。生後40日目で骨形成不全症と診断される。22歳で親元から自立。 1983年から半年間、アメリカのバークレー自立生活センターで研修を受け、ピア・カウンセリングを日本に紹介。 障がいをもつ人の自立をサポートする。2011年まで、再評価カウンセリングの日本地域照会者。 1996年に40歳で愛娘・宇宙を出産。優生思想の撤廃や、子育て、障害を持つ人の自立生活運動など、様々な分野で当事者として、からだに優しい生活のあり方を求める発言を続ける。 著書に『癒しのセクシー・トリップ』『車イスからの宣戦布告』、共著に『女に選ばれる男たち』など。

安積宇宙(あさか・うみ)
1996年東京都生まれ。安積遊歩の娘。母の体の特徴を受け継ぎ、生まれつき骨が弱く車いすを使って生活している。 小学校2年生から学校に行かないことを決め、父が運営していたフリースクールに通う。ニュージーランドのオタゴ大学在学中。

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