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第31回 自分の居心地のよさを、いちばんに

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遊歩と宇宙の「自分がきらい」から「自分がすき」になる相談室画像

昨年、7年勤めた福祉系のNPOを退職しました。共感できる理念があり、熱い仲間がいる職場でした。ただ仕事にやりがいを感じていただけに、みんなが長時間労働で、有休や残業という概念はなく、そういう主張をすると「主体性のない人」と見なされました。私自身、そうした働き方に疑問を持ちませんでしたが、気づいた時には疲れ果てていました。今でも、辞める以外に道はなかったのか、また組織としてどうあるべきだったんだろう、と、ことあるごとに考えてしまいます。(バンブー・33歳・団体職員)

自分の居心地のよさを、いちばんに

あなたにとって主体性のない人とは、どういう人のことでしょうか。

企業中心社会では、多くの人が自分の考えを声にできず、黙り込むことを強いられます。その中で、長時間労働に疑問をもったり有休を主張されたことは、必要な努力を充分果たされたわけで、すばらしいと思います。

私の友人で、希望する会社に就職した方がいます。その会社は週休が1日でした。仕事内容はいいのに、働き方は自分が求めているものと違うと感じた友人は、面接で「週休2日でなければ働けません」と正直に言いました。彼女は入社し、自分だけは週休2日を守り、仕事を続けています。

他の友人から、すっぴんで出社すると「社会人なら化粧くらいするべき」と周りに非難される、という相談を受けたこともあります。企業社会には化粧をしない自由もないのか、と驚きましたが、私は友人の話を聞き続け、励ましました。その後、彼女は、化粧をしない自由を会社で獲得することができました。

私は企業に属したことがなく、企業社会のことは周りから聞く話しか知りません。しかし想像するに、会社全体を変えようとするよりは、自分にとって居心地のいい働きかたを自ら実現することから、始められるとよいかと思います。

たとえば、自分のからだが長時間労働に耐えられない、あるいは家族と過ごす時間を増やすことが自分にとって心地よいことだと気づき、毎日定時退社するとします。いろんなことを言われるでしょうが、定時退社の前例を作ることは、長期的に見れば企業にとっても非常によいロールモデルとなり、結果的にはみんなのためになっていきます。

1年、2年では、企業社会の体質は変わらないでしょう。でも、ことあるごとに自分の思いや、考え方を伝えることさえ続ければ、ほかの人も、自分のペースを知るような動きが出てくるかもしれません。

主体性とは、自分のいのちを充分にいきいきと生きるために、本来だれもが持っている力です。そしてこの主体性をたもつには、自分を大事にするところから出発しなければなりません。しかしそのことが、私たちの共通理解になっていません。理解しないどころか、「あの人は特別。私にはできない」と、主体性をすぐにあきらめてしまいます。多くの人が、自分が特別扱いされることを極度におそれていますよね。

自分の主張をし続けて、たとえば給料を出さないなどと言われたら、その組織は去るしかありません。ほかの仕事を探すことも、現実的なオプションだと思います。

まず自分の居心地のよさを、どんな場所でも作り出すよう努力していきましょう。長時間労働を強いられても、からだが無理と言ったら帰宅する。勇気ある人とほめられても、バカな人、特別な人だと排除されても、主体性をゆるがせにしない行動が、私たちに求められていると思います。

何を言われようとも自分はこういう働き方がしたいんだ、と主張し続けること。それが、社会を変えることであり、多様性を尊重する社会を作ることなのです。(遊歩)

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ご質問を読んで一番最初に感じたのは、「主体性ってなんだろう」ということでした。

私にとっての主体性とは、自分の人生が自分のものであると意識して、動けるということだと思っています。だから、有休を取ったり、残業をしないで早く切り上げることは、自分が生きていくうえで大切だと判断して行うことなら、それこそ主体性そのものなのではないかなと思いました。

でも、組織の中での主体性は、責任を持って自ら組織のために動くということなのでしょうね。それで、体も心も追いつめられてしまっては、大変です。

人もいないから休めないと感じる、休むと冷たい人と見られる、などというような理由があるのだと思います。けれど、自分の体と心を大切にするのは、長い目で見て、自分にとっても周りにとっても、とても有益なことだと思います。周りとは違う意見であったり、違う行動をとるのは、それ自体精神的に疲れることですが、組織としての主体性ではなくって、自分自身の人生に対しての主体性ということで、考えてみるのはどうでしょうか。

私も長い間組織にいたことがないので、なんとも言えませんが、人は、組織である前に人だと思います。ただ福祉系の仕事の場合、ケアする対象の人がいて、誰かが24時間、その人に付き添わないといけない場合もあるから、人手がなければ休めない状況になってしまいます。

だけど人をケアする仕事の人こそ、自分もケアしないと、いつかは疲れてしまいます。

福祉系のお仕事は、長時間労働、重労働のケースが多いです。だけど、ご質問にもあるように、やりがいも大きい仕事だと思います。だからこそ、もっと多くの人が気軽に近づける現場になればいいなと、常々思っています。そのためにも、自分の体を犠牲にするのではなく、自分も相手も大切にできるような働き方を、模索したいですね。今までお一人で背負いこんでこられたのかもしれませんが、こういう風に質問してくださったのはとてもうれしいですし、質問者さんと同じように感じている人は多数いると思います。私も、福祉の現場の労働環境は本当にきびしいと思っています。これからも一緒に考えていきたいです。(宇宙)

安積遊歩(あさか・ゆうほ)
1956年福島県福島市生まれ。生後40日目で骨形成不全症と診断される。22歳で親元から自立。 1983年から半年間、アメリカのバークレー自立生活センターで研修を受け、ピア・カウンセリングを日本に紹介。 障がいをもつ人の自立をサポートする。2011年まで、再評価カウンセリングの日本地域照会者。 1996年に40歳で愛娘・宇宙を出産。優生思想の撤廃や、子育て、障害を持つ人の自立生活運動など、様々な分野で当事者として、からだに優しい生活のあり方を求める発言を続ける。 著書に『癒しのセクシー・トリップ』『車イスからの宣戦布告』、共著に『女に選ばれる男たち』など。

安積宇宙(あさか・うみ)
1996年東京都生まれ。安積遊歩の娘。母の体の特徴を受け継ぎ、生まれつき骨が弱く車いすを使って生活している。 小学校2年生から学校に行かないことを決め、父が運営していたフリースクールに通う。ニュージーランドのオタゴ大学在学中。

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