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第30回 私のからだがおしえてくれること

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遊歩と宇宙の「自分がきらい」から「自分がすき」になる相談室画像

登山をしていて足を滑らせ、脇の下から肩甲骨に激痛が走りました。その後、2週間痛みがとれず、整形外科を受診したら剥離骨折と診断されました。手術すれば早くきちんと治るでしょう、と言われて手術日の予約までしましたが、ふと遊歩さんは手術をしないと言っていたことを思い出しました。手術すべきか、判断しかねています。(MKG・40代・大学職員)

よくぞ聞いてくださいました。私は20回以上骨折し、8回の手術を施されました。しかし結論として、骨折に手術は必要ないという確信を持っています。

とくに剥離骨折の場合は、骨の薄皮が剥がれたのでしょうから、手術の必要性が私には理解できません。

野生の動物たちは、複雑骨折しても、じっと動かず安静を保って回復を待ちます。

私の娘も15回くらい骨折しています。初めは病院に連れていっていましたが、あるとき、骨折している箇所をひどく動かされ、さらに痛みが激しくなりました。以来「二度と病院には行きたくない」と言われました。

私も子どものころ、娘とまったく同じ気持ちでした。しかし私の母は、私の命をとにかく助けたい一心だったと今はわかりますが、西洋医学に追従し、私は病院に連れて行かれ続けました。

娘が生まれて、私と同じように骨がもろい彼女の自己選択と自己決定を極力尊重しようと思い、育ててきました。手術は、彼女自身の決断で、これまで一度もしていません。

骨折は痛い。それは間違いありません。しかし、骨折以上に痛いのは、手術です。その痛みは、身体的苦痛のみならず、さまざまな精神的苦痛を伴います。ときに横柄で傲慢な医療者との応対や、全身麻酔、鎮痛剤の大量投与など、自分のからだの感性を麻痺させるような医療のあり方。いのちにとって、真実の対応とは思えないようなことが、多々あります。

自分のからだに意識を向けることを、日々心がけてみてください。

近代西洋医学に依存する社会に流されることなく、ご自分のからだと対話し続けてください。

少しずつでもいいのです。自分のからだへの感性を培い、自分のからだに対する信頼を取り戻すこと。それが骨折快癒への早道であると、私の体は教え続けてくれています。(遊歩)

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私も、12歳の時に、手術日も決まり麻酔の種類まで決めたほど、すべて手術の段取りがついていたことがありました。けれど最後の最後になって、やはり手術はしたくない、とやめたことがありました。

その時は、骨折もしておらず、わざわざ骨を切って、そこに棒を入れて骨を強くするという手術だったのですが、私はやらなくてよかった、と今でも思っています。実際に私の場合は、その手術をしなくても、その後骨折していません。

人によりますが、骨折した傷より、手術の傷の方が、その後も痛みが残ったりします。特に冷える日に痛くなったりするのです。私は骨折したら、3カ月ほど痛みが取れません。

痛みが長く続くと、不安になるかもしれませんが、体は賢いので、治る方向に少しずつでも進んでいっているのだと思います。

私は痛い時は我慢せずに、「痛い痛い」と言っていました。周りの人に気を遣う場合は、一人の時間にでも、「痛い痛い」と口に出してしまうことで、少し痛みが和らぐこともあります。痛みを我慢しないのがいいと思います。

ご自分の体とゆっくり相談して、手術が必要かどうか、最善の道を選べますように。(宇宙)

安積遊歩(あさか・ゆうほ)
1956年福島県福島市生まれ。生後40日目で骨形成不全症と診断される。22歳で親元から自立。 1983年から半年間、アメリカのバークレー自立生活センターで研修を受け、ピア・カウンセリングを日本に紹介。 障がいをもつ人の自立をサポートする。2011年まで、再評価カウンセリングの日本地域照会者。 1996年に40歳で愛娘・宇宙を出産。優生思想の撤廃や、子育て、障害を持つ人の自立生活運動など、様々な分野で当事者として、からだに優しい生活のあり方を求める発言を続ける。 著書に『癒しのセクシー・トリップ』『車イスからの宣戦布告』、共著に『女に選ばれる男たち』など。

安積宇宙(あさか・うみ)
1996年東京都生まれ。安積遊歩の娘。母の体の特徴を受け継ぎ、生まれつき骨が弱く車いすを使って生活している。 小学校2年生から学校に行かないことを決め、父が運営していたフリースクールに通う。ニュージーランドのオタゴ大学在学中。

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