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最終回 選択

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食べたいお菓子を選べる

「選ぶことができる」、というのは、良いことだと思いますよね。食べたいお菓子を選ぶことができる、好きなハンバーガーの種類を選ぶことができる、好きな服を選ぶことができる、スマホのカバーも選ぶことができる。思うようにならないことはあるけれど、勉強したい学校とか、入りたいクラブなども選べる。職業だって、選べるでしょう。

「昔の人は違った」とか「昔はこうだった」という言い方をあなたも聞いたことがあると思う。昔の女の子は、みんな若くしてお嫁に行かなければならなくて、女は勉強なんかしなくていい、と言われていて、自分の人生を選ぶことができなかった。今は、誰もそんなことは言わない。男も女も勉強をしたいなら、やりたいだけやることができて、結婚したくなければ、結婚しない人生もある、とみんな思っているから、二十歳になったあなたに無理矢理お嫁に行きなさい、なんていう大人はおそらく周囲にそんなにいません。

そういう意味で、時代は変わりました。それは良き方向への変化であった、と言える、とみんな信じています。私だってそうです。食べるものも満足になく、寒さに震え、やりたいこともできずに、生まれた家の周辺で人生を終える、というのはとてもつらいことに見えました。自分の人生を自分で選択していけるように、力をつけていくことが成長、というものだと思っていましたし、実際にそのように生きてきました。年を重ねるごとに、選択していけることが増えて、それはとても幸せなことでした。

お金と仕事と家族

あなたのような若い娘だった頃、人生は本当に大変だった。お金もないし、自分で生きていく力もないし、誰とどんな人生を過ごしていくのかも想像できなかったし、人生が思うようになるのかならないのかもわからなかったし、若いということはつらいものだと思っていました。

20代も、まだまだお金もないし定まった仕事もないし、家族のこともよくわからないし、つらかったのですが、30代を過ぎる頃から、人生はどんどん楽になっていきました。自分でどうやってお金を稼いでいくのか、勘どころがつかめるようになっていたし、愛し合って生きるということの素晴らしさも知ったし、子どもを持ち、家族を持つ喜びにも恵まれました。人生は、歳を経るごとに、穏やかになっていくものだ、と感じ始めるようになり、60代目前の今は、いろいろなことがあるけど、とても幸せだなあ、と思うような毎日を更新しています。歳をとる、というのはなかなか含蓄のある、味わい深いものです。そして、「選択」できた人生の分岐点のそれぞれを、ありがたく思います。

進歩が人と敵対する?

選択。それは基本的に、ですから、良きものではあります。しかし、人間の社会の複雑さは、無限の選択を良きもの、としたために、いっそう複雑になってきました。

あなたも学校で歴史を習ったり、本を読んだりして、人間がやってきたことをいろいろご存知だろうと思います。長い歴史の中で、20世紀後半から、私たちが今生きている21世紀という時代は、とても特別な時代のようです。

人間の文明、というものは、もともと、「人間としてのもとの形」、それは、とりもなおさず、「生まれて、次の世代を残して、死ぬ」というものであると思いますが、その基本の形を強化するように作られてきたものでしょう。文明が進む、ということは、「生まれて、次の世代を残して、死ぬ」という人間の生き物としてのもともとのサイクルがうまく動くように、いろいろな仕組みやものを作っていく、というものだったのです。

ところが20世紀後半以降、今に至るこの文明、それをなんと呼びましょうか。科学技術の時代、高度消費社会、あるいは簡単に、とても進んだ近代社会、と言ってもいいのかもしれない。この「現代」は、今までの文明と大きく違う点があるのではないでしょうか。

今の文明が進めば進むほど「生まれて、次の世代を残して、死ぬ」という人間の基本的な形と、文明自体が敵対するようになる。そのような、初めての時代を私たちは生きているようです。話が難しいですか?そうでもないですよね。

聡明なあなたは、なぜ人類を滅亡させる可能性さえある「原子力」を人間がさらに発展させようとしているか、について疑問を持ったことがあると思うし、ロボットや人工知能が活躍する時代が、果たして、普通に暮らす我々に幸せをもたらすのか、考えてみたこともあると思う。そういうことです。科学や技術や文明の進歩は、今の時代においては「人間が生まれて、次の世代を残して、死ぬ」という基本的なありように、敵対することもありうるのです。

「選択」しなければならない時代

この連載は、若いあなたたちに伝えたい、「性のおはなし」です。性のおはなし、とは、要するに「人間が生まれて、次の世代を残して、死ぬ」ことに関わる話です。

お産の話とか、人を愛する話とか、おっぱいの話とか、そいういう話をしてきました。しかしこれらの人間の基本形としての「性」にまつわることは、実はこの現代社会のありようと、敵対するようなことがあるかもしれない、ということを最後にお伝えしなければならない。

それは、これからあなたの人生において、昔の人にとっては「選択の対象」でもなかった「性と生殖」に関わることを、あなたは深い洞察力を持って「選択しなければならない」というような事態が次々と起こっていく、ということでもあります。

ほんの少し前まで、例えば、妊娠する、ということは、男と女が愛し合った先に起こることだった。誰か好きな人ができて、一緒に暮らすようになって(多くの場合、結婚などもして)、顔を見たらいつもくっついていたくなって、しょっちゅうセックスする、というようなことをしていたら、いつの間にか妊娠しました、というのが世界で最も多いパターンでした。男と女が愛し合う、つまりはセックスしないで子どもが出来る、とか、そういうことは人類が始まってからほとんど経験しないことだった。

ところが今は違います。「生殖技術」というものが発展して、精子と卵子を取り出して受精させる技術も様々に開発されてきました。普通にセックスをしていても子どもができない「不妊」に悩む人たちの役に立ちたい、という科学者や医学関係者たちの努力の末に獲得した技術です。今では、世界中で、「セックスを経ないで」生殖技術で生まれてくる子どもたちが、たくさんいるのです。あなたは、だから、将来子どもを持ちたい、と思う時に、「生殖技術」という「選択」があることを否が応でも、頭に入れなければならなくなります。

やっぱり幸せなこと

妊娠中に、様々な胎児の検査をすることが可能になり、赤ちゃんの状態を生まれる前からいろいろ知ることができるようになりました。それも医学の進歩、と言えますが、まだ妊娠初期に、自分の子どもに遺伝的な疾患があるかどうかを知ることができる検査がある、ということは、あなたは、妊娠したら、そういう検査をするかどうか「選択」しなければならなくなる、ということです。その他にも、たくさんの「性と生殖」に関する、昔の人には考えもつかなかった「選択」の可能性があなたの前に広がり続けます。

人間が、人間として、「選択」しようもないような難しいことを、若い女性たちに強いなければならない時代になったことを、前を行く世代の私は、あなたたちに申し訳ない、と思う。しかし、私たちは、誰しも、自分の生きている時代、生まれた場所に、制限と可能性を得ながら生きていくことが求められる。

あなたにはたくましくなってもらわなければならない。この難しい「選択の時代」にあって、なお、私は性と生殖に関わることのときめきや、喜び、限りない幸せについて、あなたに伝え続けていきたい、と思います。それは人間が人間である、いちばん根幹につながる、最も美しく、喜びに満ちたことであるからです。

若い娘であるあなたの日々が、どうか今日もきらきらと輝いていますように。

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