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第20回 人は何度恋をする?

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恋はいつからできるの?

好きな人はいますか。

いる人は素敵ですねえ。恋をするって人生でいちばん楽しいこと。

したことない人は、これからするかもしれない。楽しいですよ。

人生で起こるいちばんすばらしいこと、と言えます。

「わたしは恋をしたことがあるのかどうかわからない」っていう言い方はありえない。

人は恋をしたかどうか、恋をしたことがある人はみんなわかります。

ある日、あるときから、ある人が突然自分にとって特別な人になる。

朝起きるとその人のことを考えている。夜眠る前にもその人のことを考えている。

頭から追い出そうと思っても、どうしても追い出すことができない。

その人のことを考えると胸がどきどきする。

その人に会いたい、その人の好きなものを知りたい、その人にふれたい、その人にふれられたい、その人を抱きしめたい、その人に抱きしめられたい。

切ない、甘い、思いです。

今は、小学校低学年でも男の子と女の子がお付き合いしたりするそうです。

それくらいの年齢で、誰かを「好き」ということはあるかもしれないけれど、やはり、恋は、はじめての生理がくる前後、体が「生殖期」に入ってから起こる感情、誰かと一体になりたい、という狂おしい感情だと思います。

 

ひいおばあちゃん世代は恋をした?

八十代の女性と話しました。

若いあなたにとって、八十代の女性ってどんなふうにうつるだろう。

おばあちゃんより、もっと年上。

ひいおばあちゃんの年齢ですね。

あなたにとっては、ひいおばあちゃん、としてあなたの前に存在する、もう何年か経つとこの世からいなくなってしまいそうなお年寄りの女性、としかイメージできないかもしれません。

でも、そんな年齢の方にも、あなたのような若い女の子の時代がありました。

みずみずしい娘時代があり、母親として、妻として、働く女性として、とても忙しい時代があり、いろいろなフェーズを経て、今八十代の「おばあちゃん」なのです。

そんな方の話を伺いました。

今も本当にお元気で、生き生きと話をしてくださるのです。

英語の先生をしておられた人だから、とてもモダンで、いろいろなことに興味があって、若々しい。

その八十代の女性、「恋をした人は4人、一緒に寝たのはそのうち3人。多いと思う?」と言います。

 

はじめての恋は、女学校に行っていたとき。

東京から来た若い理科の先生で、黒ぶちの眼鏡がよく似合ってね、テニス部の顧問だったのよ。

テニスと言っても、今みんながやっているような、錦織選手がやってるような、ウィンブルドンとかでやっているような、ああいうテニスじゃないわよ。軟式テニス。ゴムまりを打つの。

え? 今でもあるって?

そうなのね。

女学校に来る若い男の先生だから、わたしだけじゃなくて同級生は結構彼に憧れていたわよ。

でも、わたしはこの先生がわたしのことを好きなのは知っていたの。

テニスコートに引く白線のために石灰を水で溶いているとき、遠くにいた先生はわたしのことをじっと見つめていた。わたしは水汲み場から目を挙げて、先生の視線を受け止めました。

赴任されて一年も経たないうちに、この先生は出征してしまわれたの。

出征する前の日、先生に会いに理科室に行ったわたしの手を先生は握って、

「あなたはどうか幸せになってほしい」

とおっしゃった。

わたしは「先生、わたしは先生が好きです」と言ったら、「僕も好きです。でも僕はもう帰ってこないと思います」って。

それから二度と会えなかった。フィリピンで亡くなった、と聞いています。

それがはじめて好きになった人。

 

二人目に好きになった人で、はじめていっしょに寝た人が、一人目の主人です。

あら、逆かしら。はじめて一緒に寝た人が主人で、その人のことを好きになりました、かな。

親戚のおばさんが持ってきた縁談で、見合いだった。わたしは教師になったばかり、22歳でした。

穏やかな人でね、結婚して毎晩一緒に寝ているうちに、わたしは主人のことを大好きになりました。

二人目の子どもがお腹にいるときに、結核で死にました。

だんだん衰弱していってね。かわいそうだった。家に帰りたい帰りたい、と言いながら結核療養所でなくなりました。

わたしは26歳で二人の子持ちの未亡人になったの。

 

三人目に好きになった人に会ったのは、24歳のときでした。

英語教員の研修会で会ったのね。

神戸からきていた人で、研修会の授業のとき隣に座っていた。

わたしたちはお互いをとてもいいなと思ったの。たくさんの話をしました。

その人も結婚していて、わたしたちはお互いの結婚の話も子どもの話もしました。

二日間の研修が終わったとき、その人はわたしの瞳をのぞきこんで

「僕に濃厚な恋文を書いてくれませんか」

と言ったの。

今も覚えているわ。

それはとても唐突だったけど、わたしはうなずいた。そして、わたしは濃厚な恋文を書いた。

それっきり。

返事もきませんでした。

お互い結婚していたし、だいたい、東京と神戸は遠すぎるのよ。

 

四人目に好きになった人が二人目の主人。

下の子が7歳のとき、お互いの知り合いに紹介されて結婚しました。

奥さんと別れて子どものいない人だった。わたしとの間にも子どもはできませんでした。

この人とも仲良く暮らしたけど、62歳で、膵臓癌であっという間に死んでしまったのよ。

具合が悪くなって3週間くらいで、本当にあっという間になくなってしまった。わたしは60歳で、また、未亡人よ。

 

三人目に一緒に寝た人はね、六十代になってからの恋人なの。

わたしが二人目に好きになった、とさっき言った人。

二十代のとき研修会であった人ね。この人に再会したの。

人生で誰がいちばん好きだったか、と言われると、この人がいちばん好きね。一緒に暮らした夫二人よりもこの人が好き。

愛人、と言ったほうがいいかな、だってその人は奥さんも子どももある人だったから。

いわゆる今よく世の中で言う不倫、よね。よくないわよねえ。奥さんのある人と付き合うなんてね。

わたしは付き合いたくなかったの。でもね、二十代のとき、たった二日会っただけなのに、わたしはこの人が好きだ、と思った。

そしてこの人は、わたしに「濃厚な恋文を書いてください」と言ったでしょう。

わたしは手紙を書いたけど、返事もなくて、ずっと連絡もなかった。

その人が、わたしが62になった年、訪ねてきたのよ。

英語教員を退職する前、教育関係の雑誌にわたしが載ったことがあって、わたしの所属先がわかって、連絡をしてきたの。

「一度しか言いません」、とその人は言いました。

「はじめて会ったときから、ずっと好きです。あなたは僕にとって本当に大切な人なんだ。あなたの書いてくれた手紙をずっと持っていた。どうしたらあなたともう一度会えるか、ずっと考えていた。38年前からずっと、今も、そしてこれからもあなたのことを愛しています」と。

38年越しの愛の言葉にわたしはすっかりぼおっとしてしまって、その人と会えば一緒に寝るようになりました。

この愛の告白をしたとき、彼は63歳よ。

 

あなたにも物語が

わたしは八十代の彼女に聞きました。「それで、どうなったんですか」って。六十代にできた愛人だか、恋人だか、との間は……。

その人はいたずらっぽく笑って、「今も恋人同士よ」と言うのです。その人の奥さんはどうなったんですか、ってわたしはちょっと聞けなかった。

六十代に愛しはじめた恋人と、20年以上恋人同士でいられるってどういうことなのかしら。五十代のわたしには、まだちょっとわかりません。

生殖期、つまりは生理があって子どもを産める時期は終わるけど、いくつになっても恋はできる。

すべての女性はそれぞれに語るべきストーリーを持っている。

女としての人生を始めたばかりのあなた、年を重ねていくことを楽しみにしていてください。

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