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第5回 賢い女性と呼ばれる職業

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少女のための性の話_三砂ちづる_ヘッダー画像

お産を助ける女の人

女性の人生を生涯を通してサポートしてくれて、じつに頼りになる職業の代表、といえば、やっぱり「助産師さん」なのです。

じょさんしさん。

この人たちは、ちょっと前まで「助産婦」と呼ばれていました。

じょさんぷさん。

とってもいい響きで大好きでした。「お産を助ける女の人」というイメージもあったし、「産婦を助ける」から「助産婦」という言い方だ、ということもできました。

「看護婦さん、助産婦さん」という言い方は命がこもったよい呼び方だ、と思っていたのですが、「婦」という漢字がついていて、職業名がそのまま性別をあらわすことはあまりよろしくない、ということで、近年「助産師」に変わったのです。

だからといって男性の助産師がいるか、というと、日本にはおりません。海外では資格を持っている人もいるようですが、この仕事は「近代的な仕事」の前に、「女どうしの助け合い」といった意味合いから生まれてきた仕事なのです。わたしはいまも「助産婦さん」って呼びかけたいな、と思っているのですが、法的にはいまの日本では「助産師」。「じょさんぷさん」、って呼びかけると、「じょさんしです」って言われちゃったりすることもあるので、頭の片隅に入れておいてください。まあ、こういうことは、じつは、どうでもいいことなんですけどね。

人類最古の職業

英語で助産師のことをmidwife(ミッドワイフ)、と言います。これは「女の人とともにいる」、「女性と一緒にいる」という意味です。フランス語ではsage femme(サジファム)、と言い、これはもっとダイレクトに「賢い女性」のことです。

「産婆は人類最古の職業」なんて、言われています。どんな人間の集まり、すなわちコミュニティーにも、そこには、ほかの人より経験豊かで、ほかの人より思いやりが深くて、ほかの人より世界の成り立ちについて深く考える女性がいて、そういう女性が、ほかの女性がお産をするとき、手助けをしていたのだろう、ということは、想像できますね。

便利で効率的で、強固なシステムを携えているわたしたちの生きる近代社会ですが、わたしたちをとりまくさまざまなシステムや、「モノ」や、「サービス」など存在しなかったころ、人間って何をしていたのだろう。わたしたちに先立つ数世代前の人はどんなふうに暮らしていたのだろう、ということを想像したり、学んだりする習慣は、なかなかよきものです。

たとえば、コンビニがなかったころはみんなどうやって買い物していたのだろう、とか、コンピューターがなかったころは、みんなどうやって情報を得ていたのかな、とか、携帯電話がなかったころどころか、電話がなかったときってどうやってお互い連絡を取っていたのだろう、って考えることはありませんか。

そういうことを考えたり、自分の知らない時代について話をしてくれる人を探したり、そのころについての本を読んだりすること。それが、ほんとうの意味での「学び」のきっかけになったりしますから、ぜひ想像の翼をいっぱいひろげてみてください。

生死に立ち会う人

「産婆は人類最古の職業」という話でした。どんなコミュニティーでも、女の人がお産するとき、助けてくれるような人がいたのです。ようするに、そこでいちばん賢い、ほんとうの意味で賢い、女の人です。

アイヌの伝統的な産婆さんは、人間が生まれるときだけではなくて、死ぬときにもそばにいる人だったようです。魂が行き交う場に、立ち会う人なんですね。アイヌだけではなく世界中の先住民族、と呼ばれる人たちの産婆さんも同様に、「生まれる」ときと「亡くなる」ときに立ち会う人が、少なくないそうです。

伝統的な社会では、そこでいちばん賢くて、人間ができた女の人が、人が産まれたり死んだりするような魂の行き交いの場で、重要な役割を果たしていたでしょう。そういう人たちは、ふしぎな雰囲気をたたえておられただろうし、自然の力をよく使うこともできたでしょうし、月や潮の満ち引きにも敏感な人だったでしょう。場所によっては魔女、なんて呼ばれたこともあったかもしれません。ふしぎな力がつかえるから、おそれられたり、排斥されたことだってあるかもしれません。

ほんとうの意味で「賢い」人は、どんな世の中でもいろいろなことが見えすぎる故に、周囲からうとまれたりすることも、あるのです。

人が生まれるときと、人が亡くなるとき。全く逆方向のことのようですが、どちらにも立ち会った人に聞くと、それは「こわい」経験ではなく、静かで、おごそかで、いま生きている人が、とても励まされるような経験であると言います。そういうことも、若いみなさんは、少しずつ学んでいってください。

医療の専門家、でもあるけれど

いま、日本のどこの病院でも行われており、大学の医学系学部でおしえられていることを、「近代医療」と言います。これが、世の中の「医療」と呼ばれる行為の中心になってから、まだ、せいぜい100年とか150年くらいしかたっていません。

「死」、「痛み」、「苦しみ」をできるだけ遠ざけるために、人間のからだを、細胞のような目に見えないレベルまで研究し、病気の原因を探り続ける「近代医療」がわたしたちにもたらした恩恵は、計り知れません。外科手術や抗生物質による感染症治療が、どんなにたくさんの人のいのちを助けてくれたことでしょう。

助産師さんたちはもちろん、この「近代医療」制度にのっとって、国家資格を持っている医療職ですから、いわゆる医療の知識もたくさんもっておられるし、病院でも働いておられるから、病院の仕組みもよくご存知です。人間のからだのつくりや、女性のからだのありようや、月経や、妊娠や、出産にまつわることを「専門家」としてしっかり勉強しておられる人たちです。でも、それと同時に、彼女たちは最初に書いたような「人類最古の職業、産婆」の末裔でもあるのです。

産み、生まれる力を信じる人

それってどういうことかな。「産婦人科医」の先生ももちろん、女性のからだの専門家で、いざというときにわたしたちの命を助けてくれる、ほんとうに重要な役割を担っておられる方です。産婦人科医は、「近代医療」の「専門職」です。

ただ、助産師さんは、「近代医療」の「専門職」であるだけでなく、同時に「人類最古の職業、産婆」の末裔でもあります。近代医療がまだその形をなしていない頃から、女性たちのお産に立ち会っておられた人たちの末裔でもある。大学で学ぶような知識だけではなくて、おそらく人類がはじまったころから、営々と積み上げてきた知恵、の継承者でもあり得るのです。

生物としての人間が続いていくために、女性にはこどもを産む力が備わっており、生まれてくる赤ちゃんには生まれる力が備わっている、ということを信じている人たち、でもあります。そういう力がどうすればいかんなく発揮されるかを知っていて、そのために、産む女性の暮らしを支えてくれる人でもあるのです。

少し難しいことを書いてしまいましたが、助産師さんは、女性が自分のからだにどんな力を持っているのか、そしてその力を生かすためにはどういう生活をしたらいいのか、というアドバイスをたくさんくれる人です。たとえば、おなかや足首は冷やさない方がいいんですよ、とか、調子が悪いときはこういう食事がいいですよ、とか、いろいろな知恵をお持ちです。この連載のタイトルは「少女のための性の話」ですが、このことについてあなたのそばでいろいろアドバイスしてくださる、いちばん頼りになる方は、やっぱりおかあさんとか、おねえさんとか、近所のおばさんです。けれど近所の助産師さん、という方がおられることも、ちょっと覚えておいてくださいね。

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