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第2回 恋をする理由

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少女のための性の話_三砂ちづる_ヘッダー画像

あなたはだれと住んでいますか。おとうさん、おかあさんやきょうだいと住んでいるかもしれない。おじいちゃん、おばあちゃんや他の親戚も一緒かもしれない。あるいはおかあさんかおとうさんかどちらかと住んでいるかもしれないし、他の人と住んでいるかもしれない。あるいは何らかの事情で、もっとちがうオープンな場所で育っているのかもしれない。

いまは、「家族は多様」ということになっているので、いろいろな形があります。もちろん、「多様」でいい。あなたがいま育ち、住んでいる環境はどのようなものであっても、いまのあなたをつくっているものですから、それが一番いいんです。

でもおそらく、いちばん多くの方は「おとうさん、おかあさん」が一緒におられるのではないかと思う。そして、いま一緒ではなくても、一緒におられた記憶があるのではないかと思う。

それって、不思議だな、と思ったことはありませんか。あなたにとっては、「おとうさん」と「おかあさん」なのですが、ちょっとあなた自身の視点をかえてみましょう。「おとうさん」と「おかあさん」って、まったく他人だったんですよ。おとうさんとおかあさんは、生まれたときから家族として一緒に育ってきたわけじゃないんですよ。多くの場合、おとなになって、ある時とつぜん出会って、一緒に住むことに決めた。家族として生きることに決めた。そしてあなたのような子どもが生まれて、みんなで暮らしていく。

人類がはじまってからずっと

自分のこととして考えてごらんなさい。幼い頃からなれ親しんだ環境や家族。それらがとつぜん変わってしまうことがあったとしても、あなたの記憶やいまの生活には、その、元のかたち、というものがあると思う。あなたはそこで育ち、そこで生活し、そこに帰っていく。大人になると、あなたはそこから出て行き、全然知らなかった男の人と一緒に暮らしはじめる。まあ、やらない人もいますが、それが一番多いパターン。自らの家族との生活をはなれて、知らない男と暮らしはじめる。おとうさんとおかあさんがやったように。

男と女が共に住みはじめるという不思議。想像できますか? その敷居の高さ。いままで全く異なるところで育ってきて、生活習慣も違う、考えていることも違う、楽しいと思うことも違う。だいたい、男と女なのだから、からだだって、もっているものだって違う。

朝起きたらまず何をするのかしら。顔はどうやって洗うのかしら。洗面所はどんなふうに掃除するかしら。何もかも違う生活習慣で暮らし、違うものを食べてきた人。話してきた言葉だって違うかもしれない。そんな人と、ある日とつぜん一緒に暮らしはじめて、朝も、昼も、夜も一緒にいる。全ての生活をわかちあい、一緒に寝て、一緒に起きる。別れてしまうこともあるかもしれないけど、多くの場合、すごく長い時間をすごして、多くの場合、どちらかが死ぬまで一緒に暮らす。

それってなんだかものすごくハードルの高いことにみえませんか。そんなことするより、ずっと生まれた家族といっしょにいたい、と思うかもしれないし、実際そうする人も少なからずいるんですけど、人類がはじまってから、世界中の結構多くの地域で、ものすごく長い歴史を通じて、多くの人は、そうやって「男と女で対になって」新しい暮らしをはじめる、ということをやってきたのです。今なんて、地球の裏に住んで、違う言葉を話して、全く違う生活習慣で暮らしてきた人と出会って、一緒に住みはじめる、いわゆる「国際結婚」ということもとっても多い。なんだかそれはとても不思議なことです。なんで、いままで他人だった男と女が、とつぜん一緒に住みはじめたりできるのでしょう。

どうして恋をするの?

好きな人はいますか? 好きな男の子。

あこがれていて、姿を見るだけで、むねがきゅん、としてしまうような男の子。遠くで見るだけでも満足かもしれないし、相手と気持ちを確かめ合っていたら、もっとドキドキしますよね。

あなたが恋をしているとしたら、それは、準備。恋をするとしたら、その準備。なんの準備、って、「男と女が共に暮らしはじめる」ということへの、ハードルを下げるための準備です。

あなたのその、「好き」という感情。この人のことを考えるだけで涙が出る、夜も眠れない、勉強もできない、ただただ、その人のことが気になってしまう、理不尽な感情。なんでこんなことになってしまったのだろう。その人だけのことを考えるものすごい“ムダ”な時間をえんえんと過ごすことになってしまう。もう、よくわからないけど、あらがえない。そういう感情。

そういう感情があるから、それを分かち合える人があらわれるから、他人だった大人の男と女は、いままでの生活を捨てて(結果としていままでの家族と一緒に住むことになるとしても、その家族の中での新しい生活をはじめる)、新しい暮らしをはじめる勇気をもつことができるのです。

どうしても一緒にいたい、離れることができない。この人のことなら、どんな小さなことでも知りたい。どんな食べものが好きなんだろう、どんな友達がいるんだろう、どんな本が好きなんだろう、筆箱には何が入っているんだろう。どんな顔をして眠るのだろう。起きてきたら何をまずするのかな。何もかもを知りたい。「好き」という感情はそういうことをすべて際限なく求めていく、尽きぬことないエネルギーを発散し、そのあげく、全くいままで知らなかった男の人と、一緒に暮らしはじめることができるのです。

いま、あなたに伝えることができるのは、男と女が共に暮らしはじめるということは、あなたの人生で起こる最もすてきなことのひとつだ、ということ。好きだ、という感情があり、相手もあなたのことを好きで、その人が一緒に住もうと言ってくれて、新しい生活をはじめるときは、そりゃあもう、天にも昇る気持ちですよ。好きな人の生活をすべてそばにいてみることができる、って、信じられないくらいうれしいことですよ。その感情こそが「男と女が暮らす」というハードルをぐん、と下げてくれる、人生の不思議、なのです。

好きな人ができなかったら?

そういう「好き」という感情がそんなにわき起こってこない、っていう人もいます。

男と女が暮らしていく不思議、には、その「好き」という感情にリードされない、別のパターンもあります。人類としては、長いこと、「男と女の暮らし」は楽しいものだと思ってきたから、若い頃「好き」という感情をそんなにもたない人にも、まずは、一緒に住んでもらおう、と、まわりが男には女を、女には男を紹介する、ということが、世界中にありました。まあ、日本で俗にいう「お見合い」というやつですね。

人に紹介される。そして、紹介してくれた人が信頼できる人だから、「好き」という感情は足りなくても、えいっと勢いをつけて、一緒に住みはじめてしまう。そうしたら、だんだん、「好き」という感情がわいてきて、何となく長く暮らしてしまう。そういうパターンも存在するのです。

え? そんなのいや? そうですか? わたしには好きな人ができてほしい……。そうですよね、それって楽しいものね。でも、よしんば「すごく好き」な人ができなかったり、「すごく好き」な人ができたけど、相手は自分のことを好きになってくれなかったり、そういうことが起こったとしても、だいじょうぶ。あなたの人生には「男と女がともに暮らす喜び」はいつだって開かれているのです。

最初に書いたように、いまは家族も、人生も多様。だから何をやってもいいし、どんなパターンもある。でも、「男と女が共に暮らす喜び」は、あなたの知らない人生の豊穣をもたらしてくれる一番すてきなものであることは、やっぱりあなたに伝えたいのです。

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